「起きてたのね。気分はどう?」
見た目はフィリカよりも幼く見えるほどだが、実年齢は二倍近く上なのだという。落ち着いた雰囲気と声には、それを信じさせるものが確かにあった。
彼女──名はカジェリンと聞いた──の手を借りて上半身を起こす。渡された薬湯をゆっくりと飲み干した後、問診が始まった。気分は悪くないか、食欲はあるか等の質問に答えながらも、目はカジェリンの後ろ、部屋の扉に何度も向けていた。
扉の向こうに誰かがいる気配も、ましてや入ってくる様子も感じられない。カジェリンの質問が一段落した時を見計らい、思いきって尋ねた。
「あの、…………彼は、どうしているんですか」
そう聞いた途端、カジェリンは何とも言えない顔をした。なるべく無表情でいようとしながらも、隠しきれない思いがにじみ出ている。
その表情だけで、何も言われなくとも分かった。──アディはもうここにはいないのだと。
やはり予感の通りになってしまった、と思った。
アディが目の前に現れた時、最初は絶対に幻覚だと思った。実体だと分かってからは、彼が傍にいることを繰り返し確認した。そうしなければ……もし眠ってしまったら、目覚めた時には姿が消えているのではないかという気がして、仕方なかったから。
だから、ひどく身体が重く頭が朦朧として、何度も眠りに引きずり込まれそうになりながらも、我慢して起き続けていたのだ。ここに着くまでは──あれからどのぐらい経ったのか分からないが、眠って目覚めたら、本当にいなくなっていた。
夢や幻でなかったことはもちろん分かっている。だが、牢を出て以降はまともに話はできず、意識は半ば夢の中を漂っている状態だったから、彼に会えた実感はどうしても儚くて、遠かった。
知らず俯いていたところに差し出された何かが、歪んで見えた。
まばたきをすると、ぱたりと雫が落ちる。慌てて目元を拭うと同時に、差し出したものをカジェリンがこちらの顔に当てた。布が涙を吸い取る感触に、フィリカはさらに焦ってしまう。
布を受け取り、必死に涙を抑える間、カジェリンは見守るように黙って見つめていた。少しして、落ち着いたと判断してか「あのね」と薬師は声をかけてくる。
「これを、預かっているんだけど」
そう言って差し出されたのは、今度は折り畳まれた紙だった。中に何か入っているかのように、やけに丁寧に折られている。受け取ると、気のせいでなく確かに、紙だけでない重みを感じた。
慎重に、そっと開いてみる。開ききって少し傾いた拍子に滑り落ちた物が何かは、すぐに分かった。見慣れすぎるほどに見慣れた品……鎖に通した、母の形見の指輪。あの日の朝、アディの手の中に想いとともに残してきた物。
それが手元にあるという事実が、アディが確かにここまで一緒に来たことを、そして現在の不在を裏付ける。フィリカは開いた紙に文字が並んでいるのに気づき、目を通した。