「なんですって。どういうこと──」
 「もう、会わない方がいいんだ」
 彼女を愛するべきではなかった。……いや、それ以前に出会うべきではなかったのだと、今は思わざるを得ない。
 ──自分は、フィリカに何をした?
 己を抑えきれなかった行動の末に、あんな身体にさせた。その上に謂れのない容疑をかけさせる真似をして──何もかも結局、彼女を不利な状況へ陥れることにしか繋がらなかったではないか。
 これ以上関わるべきではないと、助け出した時からずっと、頭の中で声がしているのだった。ここへ連れてきたら、それで最後にするべきなのだと。
 カジェリンはなおも眉を寄せ、そして、ますます痛々しそうな目で、こちらを見つめる。
 「アディ……いいえ、アドラスフィン。真面目に聞いてくれる?」
 静かな、だが鋭い声音。ボロムと同じくカジェリンも、話をちゃんと聞けという合図には、名前を略さずに呼ぶ。
 「あなたが罪の意識を感じるのは理解できる。けどそれならなおさら、自分で説明するべきよ。彼女の気持ちが分からないわけじゃないでしょう」
 言われるまでもなかった。フィリカは、こうと決めたことは余程のことがない限りは譲らず、その通りに貫く性質である。その彼女が今も身ごもった状態でいるということは──十中八九、産むつもりでいたと考えて間違いないだろうと思う。
 だが、それがやはり一時の感情ではないとは、誰にも断言できはしない。産んでから……いや、その前のいつの段階でも、後悔する可能性はある。
 一緒に過ごした数日間は、とても普通の状況だったとは言えない。フィリカの自分への想いが、その気持ち自体はどれだけ真剣であろうと、家族に対する感情と混同されてはいないかという疑念は、未だに感じているのだった。
 ……彼女が、家族と呼べる存在を強く求めているのは知っている。情の深い女だから、宿した子供を産まずに殺すことなど、選択肢にすら入れようとしていないのも納得できる。
 それでもどうしても、自分の母親のことが頭から離れない──もし、子供が自分と同じ能力を持って生まれてきたら。
 幸いそうでなかったとしても、産んでから後悔する事態になったら、彼女はどうする? 悩みに悩んだ挙句に、子供を捨てなければという心理状態に陥らないとも限らない。
 そして──自分の母親はどうだったか知らないが──たとえ、事態がそうせざるを得ない切迫したものだったとしても、その後で絶対に、彼女は自らを責めるだろう。癒せない傷を抱えて一生、自身を許すことなく、生きていくようになるかも知れない。
 フィリカをそんな哀れな女、悲しい母親にはしたくなかった。
 うまく話せた自信はない。だが、ともかく正直な思いを、納得してもらうのは無理でもなるべく正しく伝わるようにと念じながら、アディは言葉を発しては繋ぎ続けた。……話し終えた後の沈黙は、やはりとてつもなく重かった。