「聞こえてるか、フィリカ。しっかりしろ」
 もう一度聞きたいと願っていた……けれど今、この場で聞くとはまるで考えていなかった、その声。倒れかかり支えられている姿勢から、必死の努力で顔を上げ、相手を確認する。
 この三月の間、ずっと会いたいと思っていた──再会してどうするのか、という目的を考える以前に、ただもう一度、彼に会いたかったのだ。
 月明かりしかない夜、しかも一人で立っていられないほどの不調であるにもかかわらず、アディの顔は光に照らされたようにはっきりと見えた。正面からこちらを見つめる目も、この上なく真剣に呼びかける表情も記憶と変わらない。
 懐かしさと嬉しさで胸が溢れ返ったのも束の間、何故彼がここに、という疑問が取って代わる。しかし、それは考えるまでもないことだとすぐに思い至った。当然、雇われているのだろう……この状況ならまず間違いなく、王子派の貴族の誰かに。
 その可能性を今までに一度も考えなかったと言えば嘘だが、できるだけ考えないようにしていたのは事実だった──現実になれば敵対せざるを得ない。そうはなりたくなかったから。
 今は、本当に敵味方の関係に陥っている。しかもフィリカは、この場ですぐ殺されてもおかしくない状況である。だが表情を見る限りアディには、自分を手にかける気はないようだった。その気があれば、とっくに行動に移しているだろう。
 そしてこちらは、彼に気づいた時点で戦意は失せている。たとえあったとしても、まともに動ける状態ではなかった。……それに、万が一アディと戦わなければいけなくなったら自ら負けようと、以前から考えていたのである。
 しかし先程は、気づかなかったとはいえ彼を斬ってしまうところだったのだ──もし体調が万全であったなら、ほぼ間違いなくどこかに傷は負わせていた。
 その事実が、望まない形での再会の衝撃に拍車をかける。頭の中がぐらぐらしてきた。……一体、次にどうすればいいのだろう。何が最善の行動なのか見当もつかない。
 途方に暮れた心持ちになっていると、アディが背後を気にする素振りを見せた。誰かが彼を呼んだのだ。
 「アディ、何が──おい、そいつは」
 「待て、違う、知り合いなんだ」
 肩越しに見えたのは、アディと同じ年頃の若い男だった。口調からすると彼の傭兵仲間なのだろう。
 だが顔をはっきり見る余裕はなかった。また吐き気がこみ上げてきたのだ。
 口を押さえくず折れかかった瞬間、アディに再び支えられて、背中に腕が回される。直後、抱えられるような姿勢のまま身体が引きずられた。程なくして、壁か何かに凭れさせられ、座らされる。
 冷や汗の滲む額に、次いで頬に、慎重に当てられる手……その手の温度を、不快なほど熱く感じた。再び触れられることを望んでいたのに、今は胸につかえる辛さの方が大きい。一瞬、振り払いたい衝動さえ覚えた。