食事が済んだ頃には、外はすっかり夜の帳が下りていました。

玉虫色の着物の君影さまが再度お部屋を訪問され、肝心要(かんじんかなめ)の“巡礼”についてのお話が始まったのです。

「お使い様より、お聞き及びのことと存じます。早苗様にはこの雉子の竹藪にて、ある物を手に入れていただきたいのです。」

「宝、とやらのことでしょうか?」

君影さまはひとつ頷きます。
しかし後に続くお話から、わたしの漠然と想像していた“宝探し”とはだいぶ違うものであると知ることになりました。


「私達、(きじ)の一族は、古くからこの地に住んでおります。元は狗神様が治めていた地に最初の祖先が住み、お陰様で今日(こんにち)を迎えられております。

狗神様は、か弱い我らの身を案じ、危険が迫れば救いに駆け付けてくださる。…とても勇猛果敢で、お優しいお方なのです。」

「狗神さまが…。」

犬居家も狗神さまを古くから信仰してきた歴史がありますが、文献にそのお姿を目にした例はほとんどありません。
小さい頃一度だけ見た絵巻には、“山を駆ける様は疾風(はやて)の如し。銀箔の毛並みの大山犬”として描かれていました。
わたしは今まで心のどこかで、狗神さまは実体の無い概念的なお方だと思っていましたが…、人の姿に変化する二頭の山犬を見てしまっては、もうそんな考えは覆ってしまいました。

君影さまは続けます。

「一見平和に思えるこの竹藪ですが、決して安全とは言えないのでございます。
我らは常に、この竹藪のどこかに潜む“天敵”に怯えているのでございます…。」

天敵。
そう聞いた時、竹林で感じた嫌な違和感のことを思い出しました。仁雷さまの警戒ぶりも…。もしや、わたし達は何者かに見られていたのでしょうか。

「…そ、それは獣か何かでしょうか?それとも野盗とか…。」

「早苗様。私達は“何”に見えますか?」

君影さまはご自身と、それから後ろに控える、竜胆さまを始めとする女性達を示しました。
何に見える?どう見ても…、

「人に、見えますが…。」

わたしのその答えを待っていたようです。
君影さまと女性達は突然、体中の毛を逆立てるような動作で、全身を大きく震わせ始めました。
衣の擦れ合う音は次第に、羽と羽の擦れ合う音に代わり、瞬く間に皆さまは、(つや)やかな羽毛を蓄えた“(きじ)”の姿に変わりました。

女性達は、土色の斑模様の雌の雉に。主人である君影さまは一回り体の大きい、玉虫色の雄の雉に。
雉子亭の名の通り、ここに住むのは人の姿に変化した雉達だったのです。

「そう。我らの正体は、か弱い雉。
そして竹藪に潜む恐ろしい妖怪…雉喰(きじく)いは、我らを喰らわんと常に付け狙っております。」

その名が出た途端、雌の雉の何名かが、悲しげに首を垂れました。その様子が、「雉喰い」というものがどれほど恐ろしい妖怪かを物語っています。

「本来ならば狗神様が雉喰いを退治してくださるところですが…この生贄の儀式は狗神様にとって大切な行事。御殿(ごてん)の外へは、滅多なことがなければお出でにならないでしょう。
しかし策を講じねば、大切な仲間がみすみす雉喰いめの餌食となってしまう…。

……早苗様。どうかお願いでございます。
竹藪に潜む雉喰いを退治し、奴の持つ宝を持ち帰ってはいただけないでしょうか?」

「…えっ!?」

それは予想だにしないお願いでした。

深々と頭を下げる雉の皆さま。悲痛な心からの懇願であるのはひしひしと感じるけれど…ただの人の身であるわたしが、一体何のお役に立てるというのでしょう。得体の知れない妖怪を退治するだなんて…。

狗神さまのような超常的なお方が渡り合う相手に、どう立ち向かえば…。

「…そんな、あの、わたし…。」

「できません」と口にすることは簡単。
けれど本当にそれでいいのかしら…。
今までの娘達も、同じ試練を負ったのかしら。

どう答えたらいいか分からず、縋る気持ちで仁雷さまと義嵐さまのほうを振り返ります。

「引き受けて、早苗さん。
大丈夫。俺達が貴女の身を護るから。」

仁雷さまの力強い言葉は、なぜだかすとんと腑に落ちました。

危険…なのかしら。死ぬかもしれないのかしら。
不安が大きくなるけれど、これが生贄として避けて通れない道なら、

「…し、承知しました。お引き受け、いたします。」

わたしは雉の皆さま方に、声を震わせながら約束したのでした。