「さて、と。じゃあ、ホタルちゃん、おじ……おにいさんの名前は透って言うんだ。夏越透」
「ナゴシさん」
「透でいいよ」
「トオル」
「呼び捨て!? ……まあ、いいか。それで、きみはどうしてその写真を探しているの?」

 ホタルは正面の座布団に腰を下ろした透を静かに見つめた。まっすぐな視線なのに、なぜか目が合っていない気がする。
 妙な感覚だった。確かに向き合っているのに、少女が透の存在を通り越して、もっと後ろの何かを見ているような……。

 麦茶のグラスの中の氷が溶けて、カロンとかすかな音がした。

「トオルは、思い出したくないことってある?」
「思い出したくないこと? 最近の子供は大人っぽいこと言うなぁ」
「…………」

 大人びた言葉も落ち着いた態度も、小学生の女の子のものとは思えない。透が茶化した口調で混ぜっかえすと、また無表情に戻ったホタルから冷たい沈黙が返ってきて、少し焦った。

「いや、うん。そりゃあ、僕もこの年だからいろいろあるよ……と言いたいところだけど、特にないかな」

 付き合って間もないのに別の恋人を作って去っていった彼女のこと、業績がふるわず従業員を自己都合退職に追い込むために嫌がらせのような仕打ちをしてきた会社のこと。
 実際にはいろいろとあるが、子供にこぼすような愚痴でもない。

「…………」
「忘れっぽいんだよ、昔から」
「……それじゃ、思い出したいことは?」
「思い出したい、こと?」

 ホタルの大きな目が瞬きもせず、一心に透を見ている。ホタルの瞳は髪や肌と同じく、やや色素の薄い透き通った榛色をしていた。

「大切だったはずなのに、なぜかぼんやりとしてしまっている記憶。忘れたくなかったのに、忘れてしまっている何か」

 温度の感じられない視線に、一瞬背筋が冷える。

 まるで歌っているかのごとくひと息に話す少女の高い声に、得体の知れない不安を感じた。
 この少女はいったい……?