……ほかの、遺品。



 遺品?

 突然目の前の女性の口からこぼれた不穏な響きに、頭を殴られたような気がした。
 大地が、世界が、ぐらりと揺れる。足もとにあると信じ切っていた堅牢な土台の底が急に抜けて、底の知れない深淵が口を開く。

 ……違う。これは眩暈だ。
 揺れているのは、自分自身だ。

 もう一度、写真を見る。明るい笑顔の母親と優しそうな父親。国際結婚の夫婦と、可愛らしい一人娘。
 肩の長さで切りそろえた栗色の髪。日焼けのあとのない白い肌。生き生きと輝く榛色の瞳。



 これは、ホタルの顔だ。
 そして、もうずっと思い出せなかった、幼馴染みの顔……。



 ――蛍。



 隣に座るホタルを見る。

 そっくりだ。

 蛍、なのか?
 きみが、蛍なのか?

 ホタルの前に置かれたクリームソーダのアイスクリームが溶けて、グラスの外にあふれてしまっている。夏空のように美しかったクリームソーダが、混沌とした青味泥と化していた。

 ホタルはクリームソーダが嫌いなのだろうか。

 そんな場合ではないのに、くだらない疑問が湧いてくる。
 子供はアイスクリームが好きだと思っていた。少なくとも、少年時代の自分にとってクリームソーダは特別な飲み物だったし、蛍も好きだったはずだ。

「いや、クリームソーダだけじゃない」

 ホタルは、好きだと言った麦茶も飲まなかった。
 それに……思い出せ。新幹線の中で、暑い陽射しの下で、ホタルは何か飲み食いしたか?

 透は寄る辺ない子供のように不安になった。

 昨日から、ホタルがものを口にしているところを一度も見ていない。
 ほんの二日の付き合いだ。ホタルはそういう質なのかもしれない。不思議はないのかもしれないけれど。

 ホタルは。



 きみは……何者なんだ?