まじまじとクリームソーダを見る透に、母親くらいの年齢の杏子は穏やかに微笑んだ。

「それにしても、透くんは変わらないわね。大きくなったけど、子供のころの面影が残ってる」
「ええと、僕のことをご存知なんですか?」
「……そうね……」

 杏子は何かをためらって、言おうとした言葉を唇の中に閉じ込めた。

「……すみません。僕、もの覚えが悪くて。実は、子供のころのこともはっきりとは覚えていないんですよ」

 少しでも場を和ませようと軽い口調で冗談めかして言う透に、杏子は悲しげに苦笑して目を伏せる。

「……もう、十五年になるのね」
「十五年……」

 昨日ホタルが店に来てから、繰り返し現れる『十五年』というキーワードにどきりとした。

 十五年前に祖母が買い取った写真立て。
 その中に入っていたという十五年前の写真。
 そして、透の中から失われた、十五年前の初恋の思い出……。

「もし本当に覚えていないのなら、忘れたままのほうが幸せなのかもしれない。それでも、透くんは聞きたい?」
「…………」
「あの夏のことを」



 忘れたままのほうが幸せ?



「これ……」

 杏子がテーブルの上にそっと置いたのは、薄紅色の合成皮革のカバーがかけられた女性用の小さな手帳だった。
 手帳の間に挟まっていたのは、一枚の写真。

「この写真だけ、東京に持ってきたのよ」
「これは……」

 少し色褪せたL判の写真だ。古城市の名所である城址公園で撮られたらしい。数百年前に造られた野面積みの石垣に、木々の緑が濃い影を落としている。
 その前に笑顔で並んでいるのは、若いころの杏子と彫りの深い白人の男性、そして小学生くらいの女の子。仲のよさそうな三人の家族だった。

「ほかの遺品は、実家の押し入れの奥に置きっぱなし。もう誰も住んでいないから、どうなっていることやら」