「ごめんください」
ホタルとともにドアを開けると、カロンカロンとカウベルの澄んだ金属音が響く。
色とりどりのリキュールの瓶が並んだカウンターと、テーブル席が三つあるだけの狭い店だ。コーヒーの芳香が席の間を漂っていた。
カウンターの向こうにいた五十代くらいの小綺麗な女性が、目を見張った。
「……透くん?」
「え? あの……」
「やっぱり透くんよね。骨董店の夏越さんのところのお孫さん。お店を継いだのね」
知り合い、ではないと思う。幼いころの記憶を探っても覚えがない。……誰だ?
杏子は少し寂しそうに笑って、テーブル席を指し示した。
「まぁ、とにかく座って。遠いところをわざわざ来てもらってごめんなさい。お店、わたししかいないから休めなくて」
「いいえ、こちらが無理にお願いしたことですから」
「アイスコーヒーでいいかしら」
「はい。……あと、なんにする?」
横に立っているホタルに何か飲みたいものがないか聞くが、ホタルは何も答えない。いつもの表情の乏しい顔で杏子をじいっと見つめているだけだ。
「えーと、じゃあ、クリームソーダもお願いします」
「クリームソーダ?」
とりあえず子供が好きそうなものを頼んでみる。
きょとんとする杏子に、大人向けの喫茶店のメニューにはクリームソーダはないのかもしれないと思い至って、透は慌てて注文を変えようとした。
「あ、えーと、オレンジジュースはありますか」
「大丈夫よ。少し待っててね」
しばらくしてから杏子がカウンターから出てきて、アイスコーヒーとクリームソーダを透の前に並べた。クリームソーダのグラスを、隣に座ったホタルの前に滑らせる。
きっと杏子の性質が表れているのだろう。丁寧に作られたことのわかる、美しいクリームソーダだった。
透明な氷がぎっしり詰まったグラスに夏空のような色の青い炭酸水がそそがれ、その上にディッシャーですくった半球形のバニラのアイスクリームと、真っ赤なサクランボがのっている。