火星へ
シエル、ゼノン、直也、エマは火星にやってきた。
ヘラス盆地という火星の40%を占める窪地の中央付近である。
遠くに火星を象徴するような、標高27000mのオリンポス山がみえる。
火星の地形は非常にダイナミックである。
地球のような地殻変動がないため、エネルギーが分散されず、火山はどこまでも巨大化していく。
かつては季節の変化もとても激しかった。
季節風は時速400キロを超えることもあり、渦を巻いて地面をえぐる。
大気の組成は二酸化炭素が95%を超えていたが、長い年月をかけて、神の力で酸素と窒素と水蒸気の濃度が高められてきた。
大気の中に水蒸気が増えることによって温室効果が起こり、気温が安定し、四季の変化も穏やかになりつつある。
「エマ。いよいよ来たね…… 」
「ふふふ…… もう、やるしかないね…… 」
後ろに臙脂とピンクの光が起こり、マルスとアフロディテもやってきた。
「やあ。俺は、父に太陽剣を託されたよ…… 」
マルスが片刃の長刀を取り出して見せた。
「私は、ルナ様の力を分けていただきました」
アフロディテは、にっこり笑っていた。
ルナのツクヨミの力は、適性がある者に分けることができた。
シエルはネフェーロマを出し、周囲の空気を安定させた。
直也とゼノンも周囲の空気を調整する……
「ちょっと息苦しかったけど、気圧と空気の組成を変えてみたら良くなったね」
直也はエマに笑いかけた。
「3人も風を使えたら、ちょっと贅沢なおいしい空気になるね…… ふふふ」
マルスは周囲を警戒していた。
「どうやら、進化生物がいるようだぞ…… 」
遠くに、巨大な熊のような生物がみえた。
「マルス。あれは何だろう? 地球にあんなにデカい熊はいない…… 」
「俺にもわからん。誰か知らないか? 」
「私、宇宙の本を調べてみたんです…… あれは多分『クマムシ』じゃないでしょうか…… 」
「フーちゃん、良く知ってるね。クマムシって、初めて聞いたな…… 」
「地球上では体長1mm程度の小さな生物です。8本の足を持った緩歩動物の一種らしいです。名前に「ムシ」とついているけど、虫ではないようです。見た目が熊に似ていることから、このように名付けられたということでした…… 」
一同がアフロディテの方を見ていた。
「このクマムシは『不死身の生物』といわれていまして、地球上の北極・南極から赤道直下、さらには深海底から高山地域など、あらゆる場所に生息しているのです。クマムシは過酷な環境に置かれると、乾眠状態になります。代謝速度を遅くして体内の水分量を極限まで減らします。すると、温度に対しては絶対零度に近い低温から150℃の高温まで、圧力に対しては0気圧(真空状態)から75000気圧まで、放射線についても人間の致死量の 1000倍以上まで耐えられるようになるのです」
「ほほおう…… フーちゃん凄いね。そのクマムシさんは宇宙空間でも、へっちゃらってわけね」
「その小さな生物をあんな風に進化させたのか…… おい! ネフェーロマを出してるぞ! 」
クマムシは目が一つある怪獣といった風体だった。
目の部分が、怪しく光っている。
「おい! 周りに集まってきたぞ! 」
「シエル様! 撃退しますか? 」
直也が聞いた。
「それでは、クマムシを若手に任せましょう。わたくしとゼノンはウラノスを探します。ゼノンは後方を探してください。わたくしはオリンポス山の方へ向かいます。みんな! 何かあったら『シエル』と叫びなさい! すぐに駆けつけます」
「はい! 」
4人はそれぞれ四散していった。
「アル! 」
オレンジの光と共にアルテミスが現れる。
「アフロディテを守れ!! 」
「御意! 」
「さてと…… この異形の怪物を沈めなければ…… 」
直也の前には、赤いネフェーロマを放つクマムシがいた……
体調は5mほどある。
よく見ると、眼のようにくぼんだ部分にフィシキが埋め込まれている。
8本あるずんぐりした足に、鋭い爪が生えていた。
「知能は低そうだが、神の力を使うとなると、一瞬でも気を抜いたらやられる…… 」
100mほどまで近づいたところで、気を練った……
「風よ巻け! そして嵐となれ! ゼフュロスよ! 我に力を与えたまえ!! 」
ウオオオオオォォ……
薄水色の波動が起こり、クマムシめがけて襲いかかる!
「まずは様子見だ…… 広範囲に風を起こして出方をみる…… 」
クマムシのネフェーロマが燃え上がった!
「グアオォォォ! 」
鳴き声とともに火柱が起こった!
ナオヤの風と衝突する!
そのまま中央で押し合いになった!
「ぐううう…… 」
「グアオオォ…… 」
「くっ! まずい! 押し負ける…… 」
火柱が風を押し、直也に近づいてきた!
「風よ! 我に集いて、炎を押し返せ! 」
手をかざし、掌の中心にネフェーロマを集めて放出した!
「ぐおおぉぉぉ!!! 」
力を全開にすると、炎を押し返すことができた……
「ギャオオオオォォ!!! 」
クマムシは竜巻によって、上空へと巻き上げられた……
「解!! 」
ズズウウゥ……ン!!
術を解くと、地面に叩きつけられ動かなくなった……
「こっちにはもういないようだ…… エマ! 」
反対側へ向かったエマを追った!
「ああ。ナオヤ。熊の丸焼き、一丁上がり!! ってね…… 」
エマも戻ってくるところだった。
「俺の方のクマムシはフィシキで炎を出してきたよ…… 」
「こっちは風だったよ。あまり使いこなせては、いないようだったけどね…… 」
「さっすが。俺はちょっと危なかったよ…… はあ…… まだまだ修行が足りないな…… 」
そのころマルスは……
「クマムシめ…… ターコイズブルーのネフェーロマ…… こいつは水か? 」
「グアオオォォ……!! 」
雄たけびと共に、水柱が放たれた!
「厄介だな…… 太陽剣で一気にカタをつける!! 」
ドドオォォン!!
津波のような水柱が後ろにも起こった!
「戦いの神、摩利支天よ! 陽炎の天部よ! ヒノカミの力を剣に与えたまえ!! 」
ゴオオォォォ……
太陽剣が黄金の炎に包まれた!
「おりゃああぁぁ!! 」
振りかぶった剣を全力で振り下ろす!
「ギィャアアアァァ…… 」
黄金の波動が水を蹴散らし、クマムシを焼き尽くした!!
「よし! 愛!! 」
反対側に行ったアフロディテを追った。
「グアオオアァァ……!! 」
「ひゃあ! ベージュのネフェーロマ! 土ですね…… 」
クマムシは周囲の岩を上空へ飛ばした!
「これは…… まずいですね…… 」
そして、岩がアフロディテに襲い掛かる!!
「ツクヨミの神よ! 冥府より来たりて我を守れ!! 」
銀の波動が岩を受け止めた!
「よいしょっとぉ!! 」
クマムシに掌を向けると、岩が飛んでいった!
ズズウウゥン……!!
クマムシは下敷きになり、息絶えた……
「おい!! 愛! 大丈夫か!? 」
マルスが駆け寄った……
「やったあ! 私、結構デキル女みたいですぅ」
アルテミスは、アフロディテに気付かれないように消えていった……
4人は元の場所に戻った。
「クマムシにフィシキが埋め込まれていたよ…… 」
「こいつらを、地球へ送り込むつもりだったのか…… 」
「とんでもないことを、考えたものだわ」
「私、少しだけ自信がつきました」
そこへ、ゼノンが戻ってきた。
「やはり、オリンポス山の方に何かあるようであるな…… 余が先に行って皆を呼び寄せよう。シエル様が何か見つけたかも知れぬ」
ヒュウゥゥゥゥ……
ゼノンは緑の波動をほとばしらせ、彼方へ飛んでいった……
「皆、ケガをした者はいるか? 」
「大丈夫みたいですね…… 」
「クマムシは知能が低んじゃないか…… フィシキにこれ以上適応できない気がする」
「でも、可能性は考えておいた方がいい。進化の過程で、突然変異種が生まれるかもしれない」
「そうね。ナオヤのいう通りだわ」
「クマムシを使ったのは、宇宙空間でも耐えられる可能性があるからでしょう? やっぱり地球へ送るつもりだったのだと思うよ…… 」
「ああ。そう考えるのが妥当だ。地球で戦闘が起こったら、大変なことになる…… シエル様は、火星に乗り込んで、元を叩こうとされたのだ。さすがの判断力と行動力だ」
「ふふふ。伝説の力をもってすれば、誰も太刀打ちできないでしょうね…… 」
「そうかな。ゼノン様が、今まで火星に来なかった理由があるはずだ…… それに、シエル様は、何か過去の記憶がトラウマになっているようだ…… いかに強くても、手心を加えるようであれば、隙が生まれる…… そこが懸念材料だ」
「うん。そうね。私、ちょっと楽観視し過ぎだったわ…… ナオヤのいう通りよ」
「それで、ナオヤ。これから戦局はどうなると思う? 話してみるとわかる。お前がリーダーのようだ」
「マルス。ちょっと俺を買いかぶりすぎだ。まあ、仮説にすぎないが、オリンポス山の麓にウラノスの配下の神がいると思う。やはりあの山が、火星のランドマークだろう…… だから、4人の神がそれぞれ神殿を築いて住んでいる。ウラノスは全体が見渡せる高いポイントに神殿を設置しているだろう…… 」
「すると、また4つに分散して戦うのか? 」
「そうかも知れないが、クマムシがあと何頭いるのか、5人の神がどう動くかをみて決めなくてはならないだろうな…… 」
4人は唸った……
しばらくして、
「…… ゼノンだ…… 皆、余の波動をイメージするのだ…… 」
テレパシーが飛んできた。
目を閉じて緑の波動を頭に描いた。
キイイィィィン……
目を開けると、オリンポス山の麓にいた……
シエルとゼノンが山の方をみている。
「シエル様…… 」
「皆。クマムシを倒したようですね…… 私はここに来るまでに3頭倒しました。ゼノンは2頭だそうです。まだまだいるかもしれません…… 」
「神殿が5つみえる…… 恐らくウラノスと、配下の神がいるのであろう…… 畑と家畜もいる。長期にわたって滞在しているから、自給自足しているのだ」
ゼノンがオリンポス山の方向を示した。
「ウラノスと話をするには、どうしたら良いか考えているのです…… 」
しばらく6人は、オリンポス山の神殿を見つめていた。
「むっ! 後ろだ!! 」
ゼノンが振り向いた!
キイイィィィン……!
白い光と共に、5人の神が現れた!
眼が眩むほどの光は、徐々に晴れていった……
「…… シエル様…… 」
白いネフェーロマをまとった、すらりと背が高い神が呟いた……
背格好はゼノンと似ている。
だが無表情で、虚ろな眼で遠くをみている……
双眸は輝くような白眼で、気持を推しはかれない不気味さを感じさせた……
「ウラノス…… 」
4人の配下の後ろに、ウラノスが立っていた。
マルスが太陽剣を構えた!
「まちなさい…… マルス。剣を持っていては握手ができなくなります…… 」
「シエル様。お恐れながら、油断してはなりませんぞ! 」
「ここは、わたくしに任せてください…… 」
シエルが進みでた。
まるで、無人の野を行くかのように歩を進める……
落ち着いた、ゆっくりした足取りだが、最強の神が持つ威圧感は凄まじかった……
そして、5mほど間をおいて、5人と向き合った。
「お前たち…… 名前くらい…… 名乗ったらどうですか? 」
シエルの目が鋭く見据える。
「あっ…… はい…… わたくしは、火のアグニです…… 」
赤いネフェーロマを出してみせた。
「水神アープです…… 」
こちらはターコイズブルー。
「風神、ヴァーユです…… 」
薄水色……
「ドハラ。土の神です…… 」
ベージュのネフェーロマ……
少し間があった。
ヒリつくような空気の中、だれも身動きできなかった……
「ふむ。では…… わたくしは、ムラマサシエルと申します。かつては伝説の神などと呼ばれていましたが、今はただの老爺に落ちぶれました…… 」
ウラノスの眼の奥から、深遠な煌めきが見え隠れする……
シエルと直也たちの間には50mほど間がある。
だが、まるで目の前にいて、眼で射貫かれているかのような感覚に襲われた……
少しでも動けば、薄水色の波動が襲い掛かってくるのではないか、と思わせた……
「ウラノス! 」
鋭く気を吐いた!
気圧された4人の配下は、脇へ下がり道を空けた……
「ここへ来るまでに、進化させたクマムシをみました…… 神の力をあのような怪物に宿らせるなど…… 誇り高き神の一族がやることではない! あなたは神の誇りを忘れたのですか? 」
ウラノスは、シエルを真っ直ぐに見つめ返した……
「仰ることは、ごもっともです…… ただ、わたくしは、地球人を粛清すべきだと思い至ったのです…… 」
シエルは振り返ると、直也の方をみた。
「ナオヤ様。こちらへ…… 」
直也は小さく頷くと、ゆっくりシエルの方へ歩いていった。
そして、シエルの隣で立ち止まった。
「ウラノス様。僕は、ただの地球人でした。退屈を感じてはいましたが、平和な日常を享受するだけのつまらない人間だったと思います。でもエマがうちにやってきてから、運命が変わったのです…… 神の皆さんとの出逢いを経て、神の一族の仲間入りをして、今こうして火星にいます。この奇妙な運命は、自分に与えられた天命だと思っています。地球人として、神の一族の皆さんと繋がり、また神の一族として地球を守る。そして宇宙を守ることが自分に課された天命なのです」
ウラノスが、直也の方を興味深げに眺めていた。
「地球人が…… 神の力を持つに至るなど、ほとんどありえないことだ…… アポロのときにも、奇跡が起きたとしか思えなかった…… 君が神の一族になったのはなぜなのだ? 」
いつの間にか、エマが直也の傍にやってきていた……
「ウラノス様。ナオヤは神をも凌駕する、気高い心を持っているのです…… 宇宙を超えた森羅万象を、この優しい眼の中に、いつも写しているのです。このスケールは今まで他の誰にも感じなかったものです。ナオヤをよく見てください。地球も、神の一族も超越したスケールを感じるはずです…… 」
ウラノスは、しばらく沈黙していた……
「…… 」
不意に黄色とオレンジの閃光が起こった!
「アポロ…… アルテミス…… 」
アポロは穏やかに笑いかけた……
「なあ。ウラノス…… このナオヤとエマに、自分とゼノンはこっぴどく説教されたよ…… この2人の両親も、自分たちを諭したんだ…… 自分たちは、神の一族だなどと驕っていたのだ…… 誠の心をもって今を生きるものが、最強なのだ。自分はこの2人から学んだよ。お前もそうするべきだ」
そして、アルテミスの方へ目くばせした。
「私は、ナオヤ様にお仕えしています…… ナオヤ様は、毎日朝食に誘ってくださいます。上下関係を超えて、皆に公平に接してくださるのです。若い神がもっと自由に振舞えれば、才能を持った神が力を発揮するのではないか、とおっしゃいました。そして、いつも広い視野で物事の本質を見極めようとなさいます…… 」
ゼノンもやってきた。
「ウラノスよ…… 余は自分の了見の狭さが恥ずかしい…… ナオヤとエマは、いつも自分の眼で物事を見極め、全力で生きておる。神も人間も、限られた時間を生きておる。だがのう。気高き精神は不滅なのだ…… シエル様もこの2人の生きざまに心を打たれて、再びゼフュロスにお戻りになったのだ…… 」
アポロは、虚空を見つめていった。
「よお。ウラノス。一緒に飯でも食おうや…… 」
横目でウラノスをみた。
晩餐会
ウラノスたち5人は、アポロ神殿へ招待された。
火星に行った一同も、席に着いた。
主賓席にはウラノスがいて、配下の4人が周りを囲むように座っている。
シエルとゼノン、アポロが入り口側に座った。
アポロは立ち上がり、皆にあいさつした。
「こうしてシエル様とウラノスを招いて晩餐会を開く日が来たことを、うれしく思う! 各々の考えもあり、今までしがらみもあったが、お互いを尊重しあうべきなのではないだろうか。我々が目指すべき道は、宇宙の秩序を保ち、真の平和を作り上げることである! そのために結束しようではないか! 」
シエルが促されて立ち上がる。
「わたくしは、かつて最強の神などと呼ばれていましたが、とても器量が狭く、償いきれないほどの罪を犯しました。神の力が、何のために授かったものなのかを、今一度考え直して1から出直したいと思っています。このような気持ちになったのは、地球で奮闘されているエマ様とナオヤ様の姿を拝見したからです。ウラノスに、わたくしと同じ轍を踏んでほしくありません。どうか、エマ様とナオヤ様とともに、神の一族を盛り立てていってはくれませんか」
ウラノスの配下の神たちは座ったまま顔を見合わせている。
ゼノンが立ち上がった。
「我々は同じ神の一族だ。こうして食卓に着いたのだから、まずはいただこう。略式ながら、カンパーイ! 」
「カンパーイ! 」
配下の神たちは、ウラノスを見つめていた。
ウラノスは軽くうなずいた。
表情は硬いままだが、少し心を許したようにみえた。
ウラノスたちも、もてなしを受けて食事をした。
そして、一同は三々五々となった……
火星に戻ったウラノスたちは、大人しくなった……
「ねえ。ナオヤ。ウラノスと話しても大丈夫みたいだったね」
エマは安心したようだった。
「ああ。ウラノスと直に会って話ができたおかげで、気持ちの整理ができたみたいだ…… 」
「シエル様も復活したし、安心して暮らせるようになったね! 」
「そうだね。俺は、まだまだ神の一族の中心になれるほど強くない…… 自分をもっと高めていきたいと思っているんだ…… 」
「焦らずにやっていけばいいよ」
宇宙神エマ・ディアプトラ ~UCHUJINEMA~
FIN
了
この物語はフィクションです
シエル、ゼノン、直也、エマは火星にやってきた。
ヘラス盆地という火星の40%を占める窪地の中央付近である。
遠くに火星を象徴するような、標高27000mのオリンポス山がみえる。
火星の地形は非常にダイナミックである。
地球のような地殻変動がないため、エネルギーが分散されず、火山はどこまでも巨大化していく。
かつては季節の変化もとても激しかった。
季節風は時速400キロを超えることもあり、渦を巻いて地面をえぐる。
大気の組成は二酸化炭素が95%を超えていたが、長い年月をかけて、神の力で酸素と窒素と水蒸気の濃度が高められてきた。
大気の中に水蒸気が増えることによって温室効果が起こり、気温が安定し、四季の変化も穏やかになりつつある。
「エマ。いよいよ来たね…… 」
「ふふふ…… もう、やるしかないね…… 」
後ろに臙脂とピンクの光が起こり、マルスとアフロディテもやってきた。
「やあ。俺は、父に太陽剣を託されたよ…… 」
マルスが片刃の長刀を取り出して見せた。
「私は、ルナ様の力を分けていただきました」
アフロディテは、にっこり笑っていた。
ルナのツクヨミの力は、適性がある者に分けることができた。
シエルはネフェーロマを出し、周囲の空気を安定させた。
直也とゼノンも周囲の空気を調整する……
「ちょっと息苦しかったけど、気圧と空気の組成を変えてみたら良くなったね」
直也はエマに笑いかけた。
「3人も風を使えたら、ちょっと贅沢なおいしい空気になるね…… ふふふ」
マルスは周囲を警戒していた。
「どうやら、進化生物がいるようだぞ…… 」
遠くに、巨大な熊のような生物がみえた。
「マルス。あれは何だろう? 地球にあんなにデカい熊はいない…… 」
「俺にもわからん。誰か知らないか? 」
「私、宇宙の本を調べてみたんです…… あれは多分『クマムシ』じゃないでしょうか…… 」
「フーちゃん、良く知ってるね。クマムシって、初めて聞いたな…… 」
「地球上では体長1mm程度の小さな生物です。8本の足を持った緩歩動物の一種らしいです。名前に「ムシ」とついているけど、虫ではないようです。見た目が熊に似ていることから、このように名付けられたということでした…… 」
一同がアフロディテの方を見ていた。
「このクマムシは『不死身の生物』といわれていまして、地球上の北極・南極から赤道直下、さらには深海底から高山地域など、あらゆる場所に生息しているのです。クマムシは過酷な環境に置かれると、乾眠状態になります。代謝速度を遅くして体内の水分量を極限まで減らします。すると、温度に対しては絶対零度に近い低温から150℃の高温まで、圧力に対しては0気圧(真空状態)から75000気圧まで、放射線についても人間の致死量の 1000倍以上まで耐えられるようになるのです」
「ほほおう…… フーちゃん凄いね。そのクマムシさんは宇宙空間でも、へっちゃらってわけね」
「その小さな生物をあんな風に進化させたのか…… おい! ネフェーロマを出してるぞ! 」
クマムシは目が一つある怪獣といった風体だった。
目の部分が、怪しく光っている。
「おい! 周りに集まってきたぞ! 」
「シエル様! 撃退しますか? 」
直也が聞いた。
「それでは、クマムシを若手に任せましょう。わたくしとゼノンはウラノスを探します。ゼノンは後方を探してください。わたくしはオリンポス山の方へ向かいます。みんな! 何かあったら『シエル』と叫びなさい! すぐに駆けつけます」
「はい! 」
4人はそれぞれ四散していった。
「アル! 」
オレンジの光と共にアルテミスが現れる。
「アフロディテを守れ!! 」
「御意! 」
「さてと…… この異形の怪物を沈めなければ…… 」
直也の前には、赤いネフェーロマを放つクマムシがいた……
体調は5mほどある。
よく見ると、眼のようにくぼんだ部分にフィシキが埋め込まれている。
8本あるずんぐりした足に、鋭い爪が生えていた。
「知能は低そうだが、神の力を使うとなると、一瞬でも気を抜いたらやられる…… 」
100mほどまで近づいたところで、気を練った……
「風よ巻け! そして嵐となれ! ゼフュロスよ! 我に力を与えたまえ!! 」
ウオオオオオォォ……
薄水色の波動が起こり、クマムシめがけて襲いかかる!
「まずは様子見だ…… 広範囲に風を起こして出方をみる…… 」
クマムシのネフェーロマが燃え上がった!
「グアオォォォ! 」
鳴き声とともに火柱が起こった!
ナオヤの風と衝突する!
そのまま中央で押し合いになった!
「ぐううう…… 」
「グアオオォ…… 」
「くっ! まずい! 押し負ける…… 」
火柱が風を押し、直也に近づいてきた!
「風よ! 我に集いて、炎を押し返せ! 」
手をかざし、掌の中心にネフェーロマを集めて放出した!
「ぐおおぉぉぉ!!! 」
力を全開にすると、炎を押し返すことができた……
「ギャオオオオォォ!!! 」
クマムシは竜巻によって、上空へと巻き上げられた……
「解!! 」
ズズウウゥ……ン!!
術を解くと、地面に叩きつけられ動かなくなった……
「こっちにはもういないようだ…… エマ! 」
反対側へ向かったエマを追った!
「ああ。ナオヤ。熊の丸焼き、一丁上がり!! ってね…… 」
エマも戻ってくるところだった。
「俺の方のクマムシはフィシキで炎を出してきたよ…… 」
「こっちは風だったよ。あまり使いこなせては、いないようだったけどね…… 」
「さっすが。俺はちょっと危なかったよ…… はあ…… まだまだ修行が足りないな…… 」
そのころマルスは……
「クマムシめ…… ターコイズブルーのネフェーロマ…… こいつは水か? 」
「グアオオォォ……!! 」
雄たけびと共に、水柱が放たれた!
「厄介だな…… 太陽剣で一気にカタをつける!! 」
ドドオォォン!!
津波のような水柱が後ろにも起こった!
「戦いの神、摩利支天よ! 陽炎の天部よ! ヒノカミの力を剣に与えたまえ!! 」
ゴオオォォォ……
太陽剣が黄金の炎に包まれた!
「おりゃああぁぁ!! 」
振りかぶった剣を全力で振り下ろす!
「ギィャアアアァァ…… 」
黄金の波動が水を蹴散らし、クマムシを焼き尽くした!!
「よし! 愛!! 」
反対側に行ったアフロディテを追った。
「グアオオアァァ……!! 」
「ひゃあ! ベージュのネフェーロマ! 土ですね…… 」
クマムシは周囲の岩を上空へ飛ばした!
「これは…… まずいですね…… 」
そして、岩がアフロディテに襲い掛かる!!
「ツクヨミの神よ! 冥府より来たりて我を守れ!! 」
銀の波動が岩を受け止めた!
「よいしょっとぉ!! 」
クマムシに掌を向けると、岩が飛んでいった!
ズズウウゥン……!!
クマムシは下敷きになり、息絶えた……
「おい!! 愛! 大丈夫か!? 」
マルスが駆け寄った……
「やったあ! 私、結構デキル女みたいですぅ」
アルテミスは、アフロディテに気付かれないように消えていった……
4人は元の場所に戻った。
「クマムシにフィシキが埋め込まれていたよ…… 」
「こいつらを、地球へ送り込むつもりだったのか…… 」
「とんでもないことを、考えたものだわ」
「私、少しだけ自信がつきました」
そこへ、ゼノンが戻ってきた。
「やはり、オリンポス山の方に何かあるようであるな…… 余が先に行って皆を呼び寄せよう。シエル様が何か見つけたかも知れぬ」
ヒュウゥゥゥゥ……
ゼノンは緑の波動をほとばしらせ、彼方へ飛んでいった……
「皆、ケガをした者はいるか? 」
「大丈夫みたいですね…… 」
「クマムシは知能が低んじゃないか…… フィシキにこれ以上適応できない気がする」
「でも、可能性は考えておいた方がいい。進化の過程で、突然変異種が生まれるかもしれない」
「そうね。ナオヤのいう通りだわ」
「クマムシを使ったのは、宇宙空間でも耐えられる可能性があるからでしょう? やっぱり地球へ送るつもりだったのだと思うよ…… 」
「ああ。そう考えるのが妥当だ。地球で戦闘が起こったら、大変なことになる…… シエル様は、火星に乗り込んで、元を叩こうとされたのだ。さすがの判断力と行動力だ」
「ふふふ。伝説の力をもってすれば、誰も太刀打ちできないでしょうね…… 」
「そうかな。ゼノン様が、今まで火星に来なかった理由があるはずだ…… それに、シエル様は、何か過去の記憶がトラウマになっているようだ…… いかに強くても、手心を加えるようであれば、隙が生まれる…… そこが懸念材料だ」
「うん。そうね。私、ちょっと楽観視し過ぎだったわ…… ナオヤのいう通りよ」
「それで、ナオヤ。これから戦局はどうなると思う? 話してみるとわかる。お前がリーダーのようだ」
「マルス。ちょっと俺を買いかぶりすぎだ。まあ、仮説にすぎないが、オリンポス山の麓にウラノスの配下の神がいると思う。やはりあの山が、火星のランドマークだろう…… だから、4人の神がそれぞれ神殿を築いて住んでいる。ウラノスは全体が見渡せる高いポイントに神殿を設置しているだろう…… 」
「すると、また4つに分散して戦うのか? 」
「そうかも知れないが、クマムシがあと何頭いるのか、5人の神がどう動くかをみて決めなくてはならないだろうな…… 」
4人は唸った……
しばらくして、
「…… ゼノンだ…… 皆、余の波動をイメージするのだ…… 」
テレパシーが飛んできた。
目を閉じて緑の波動を頭に描いた。
キイイィィィン……
目を開けると、オリンポス山の麓にいた……
シエルとゼノンが山の方をみている。
「シエル様…… 」
「皆。クマムシを倒したようですね…… 私はここに来るまでに3頭倒しました。ゼノンは2頭だそうです。まだまだいるかもしれません…… 」
「神殿が5つみえる…… 恐らくウラノスと、配下の神がいるのであろう…… 畑と家畜もいる。長期にわたって滞在しているから、自給自足しているのだ」
ゼノンがオリンポス山の方向を示した。
「ウラノスと話をするには、どうしたら良いか考えているのです…… 」
しばらく6人は、オリンポス山の神殿を見つめていた。
「むっ! 後ろだ!! 」
ゼノンが振り向いた!
キイイィィィン……!
白い光と共に、5人の神が現れた!
眼が眩むほどの光は、徐々に晴れていった……
「…… シエル様…… 」
白いネフェーロマをまとった、すらりと背が高い神が呟いた……
背格好はゼノンと似ている。
だが無表情で、虚ろな眼で遠くをみている……
双眸は輝くような白眼で、気持を推しはかれない不気味さを感じさせた……
「ウラノス…… 」
4人の配下の後ろに、ウラノスが立っていた。
マルスが太陽剣を構えた!
「まちなさい…… マルス。剣を持っていては握手ができなくなります…… 」
「シエル様。お恐れながら、油断してはなりませんぞ! 」
「ここは、わたくしに任せてください…… 」
シエルが進みでた。
まるで、無人の野を行くかのように歩を進める……
落ち着いた、ゆっくりした足取りだが、最強の神が持つ威圧感は凄まじかった……
そして、5mほど間をおいて、5人と向き合った。
「お前たち…… 名前くらい…… 名乗ったらどうですか? 」
シエルの目が鋭く見据える。
「あっ…… はい…… わたくしは、火のアグニです…… 」
赤いネフェーロマを出してみせた。
「水神アープです…… 」
こちらはターコイズブルー。
「風神、ヴァーユです…… 」
薄水色……
「ドハラ。土の神です…… 」
ベージュのネフェーロマ……
少し間があった。
ヒリつくような空気の中、だれも身動きできなかった……
「ふむ。では…… わたくしは、ムラマサシエルと申します。かつては伝説の神などと呼ばれていましたが、今はただの老爺に落ちぶれました…… 」
ウラノスの眼の奥から、深遠な煌めきが見え隠れする……
シエルと直也たちの間には50mほど間がある。
だが、まるで目の前にいて、眼で射貫かれているかのような感覚に襲われた……
少しでも動けば、薄水色の波動が襲い掛かってくるのではないか、と思わせた……
「ウラノス! 」
鋭く気を吐いた!
気圧された4人の配下は、脇へ下がり道を空けた……
「ここへ来るまでに、進化させたクマムシをみました…… 神の力をあのような怪物に宿らせるなど…… 誇り高き神の一族がやることではない! あなたは神の誇りを忘れたのですか? 」
ウラノスは、シエルを真っ直ぐに見つめ返した……
「仰ることは、ごもっともです…… ただ、わたくしは、地球人を粛清すべきだと思い至ったのです…… 」
シエルは振り返ると、直也の方をみた。
「ナオヤ様。こちらへ…… 」
直也は小さく頷くと、ゆっくりシエルの方へ歩いていった。
そして、シエルの隣で立ち止まった。
「ウラノス様。僕は、ただの地球人でした。退屈を感じてはいましたが、平和な日常を享受するだけのつまらない人間だったと思います。でもエマがうちにやってきてから、運命が変わったのです…… 神の皆さんとの出逢いを経て、神の一族の仲間入りをして、今こうして火星にいます。この奇妙な運命は、自分に与えられた天命だと思っています。地球人として、神の一族の皆さんと繋がり、また神の一族として地球を守る。そして宇宙を守ることが自分に課された天命なのです」
ウラノスが、直也の方を興味深げに眺めていた。
「地球人が…… 神の力を持つに至るなど、ほとんどありえないことだ…… アポロのときにも、奇跡が起きたとしか思えなかった…… 君が神の一族になったのはなぜなのだ? 」
いつの間にか、エマが直也の傍にやってきていた……
「ウラノス様。ナオヤは神をも凌駕する、気高い心を持っているのです…… 宇宙を超えた森羅万象を、この優しい眼の中に、いつも写しているのです。このスケールは今まで他の誰にも感じなかったものです。ナオヤをよく見てください。地球も、神の一族も超越したスケールを感じるはずです…… 」
ウラノスは、しばらく沈黙していた……
「…… 」
不意に黄色とオレンジの閃光が起こった!
「アポロ…… アルテミス…… 」
アポロは穏やかに笑いかけた……
「なあ。ウラノス…… このナオヤとエマに、自分とゼノンはこっぴどく説教されたよ…… この2人の両親も、自分たちを諭したんだ…… 自分たちは、神の一族だなどと驕っていたのだ…… 誠の心をもって今を生きるものが、最強なのだ。自分はこの2人から学んだよ。お前もそうするべきだ」
そして、アルテミスの方へ目くばせした。
「私は、ナオヤ様にお仕えしています…… ナオヤ様は、毎日朝食に誘ってくださいます。上下関係を超えて、皆に公平に接してくださるのです。若い神がもっと自由に振舞えれば、才能を持った神が力を発揮するのではないか、とおっしゃいました。そして、いつも広い視野で物事の本質を見極めようとなさいます…… 」
ゼノンもやってきた。
「ウラノスよ…… 余は自分の了見の狭さが恥ずかしい…… ナオヤとエマは、いつも自分の眼で物事を見極め、全力で生きておる。神も人間も、限られた時間を生きておる。だがのう。気高き精神は不滅なのだ…… シエル様もこの2人の生きざまに心を打たれて、再びゼフュロスにお戻りになったのだ…… 」
アポロは、虚空を見つめていった。
「よお。ウラノス。一緒に飯でも食おうや…… 」
横目でウラノスをみた。
晩餐会
ウラノスたち5人は、アポロ神殿へ招待された。
火星に行った一同も、席に着いた。
主賓席にはウラノスがいて、配下の4人が周りを囲むように座っている。
シエルとゼノン、アポロが入り口側に座った。
アポロは立ち上がり、皆にあいさつした。
「こうしてシエル様とウラノスを招いて晩餐会を開く日が来たことを、うれしく思う! 各々の考えもあり、今までしがらみもあったが、お互いを尊重しあうべきなのではないだろうか。我々が目指すべき道は、宇宙の秩序を保ち、真の平和を作り上げることである! そのために結束しようではないか! 」
シエルが促されて立ち上がる。
「わたくしは、かつて最強の神などと呼ばれていましたが、とても器量が狭く、償いきれないほどの罪を犯しました。神の力が、何のために授かったものなのかを、今一度考え直して1から出直したいと思っています。このような気持ちになったのは、地球で奮闘されているエマ様とナオヤ様の姿を拝見したからです。ウラノスに、わたくしと同じ轍を踏んでほしくありません。どうか、エマ様とナオヤ様とともに、神の一族を盛り立てていってはくれませんか」
ウラノスの配下の神たちは座ったまま顔を見合わせている。
ゼノンが立ち上がった。
「我々は同じ神の一族だ。こうして食卓に着いたのだから、まずはいただこう。略式ながら、カンパーイ! 」
「カンパーイ! 」
配下の神たちは、ウラノスを見つめていた。
ウラノスは軽くうなずいた。
表情は硬いままだが、少し心を許したようにみえた。
ウラノスたちも、もてなしを受けて食事をした。
そして、一同は三々五々となった……
火星に戻ったウラノスたちは、大人しくなった……
「ねえ。ナオヤ。ウラノスと話しても大丈夫みたいだったね」
エマは安心したようだった。
「ああ。ウラノスと直に会って話ができたおかげで、気持ちの整理ができたみたいだ…… 」
「シエル様も復活したし、安心して暮らせるようになったね! 」
「そうだね。俺は、まだまだ神の一族の中心になれるほど強くない…… 自分をもっと高めていきたいと思っているんだ…… 」
「焦らずにやっていけばいいよ」
宇宙神エマ・ディアプトラ ~UCHUJINEMA~
FIN
了
この物語はフィクションです