停学が終わり、最初の授業は英語だった。

 髪色を戻すのに2回も美容院に行った。1回目は黒染めを抜いてもらい、2回目で自然な黒に染めてもらった。かかった金額はミルクティーベージュの2倍。
 それにしても以前と比べれば不自然だ。もとが明るめだったことを怨む。お金はおばあちゃんに出してもらった。母親は頼れない。髪を染めたことも気付いていなかった。母親にお金を求めれば文字通り「痛いめ」にあう。申し訳ないがおばあちゃんには必ず返すと約束した。今までと違う色になっちゃったけど、新しい私を始められる気がした。

 授業は一章が終わっていて、ついて行けない。ついて行くどころか、教室に居るのも嫌だった。私のせいで部活停止になり、新入生勧誘も中止になった。同じ部員がクラスに8人いる。目が合う人からは、にらまれているように感じる。まったくだ。もう、高校なんてやめてしまおう。そして彼の所に転がり込もう。なんてことも、できないのか。
 とりあえず、1時間目は授業に出席して、授業の先生に保健室に連れて行ってもらおうと思った。だから、わからなくてもおとなしく、黙って聞いていることにした。

 伊藤先生が不在だけど、河野先生がついてくれることになって、肩の荷が下りた。あの居づらい教室から解放される。でも、河野先生には「次の授業の先生に自分で言いに行くように」と言われた。次は現代文だった。担任の高戸先生の授業だ。
 朝から説教してきた高戸先生の授業。「停学で学校に迷惑をかけたんだから、真面目に授業を受けるように」だって。とってつけたような文句をわざわざみんなが見ている前で言ってきた。職員室に行っても同じ反応だった。

 「停学で授業から遅れているのに、また休むのか。朝も言ったが、一週間授業に出ていないのに、さらに遅れるぞ。」

 ごもっともだけど、あなたの顔も見ていたくはなかった。優しくされたところで、気味が悪いと思ってしまうが、突き放されるのももう限界だった。とりあえず言われるだけ言われて、授業開始のチャイムが鳴って、ようやく解放された。
 もう、抱えるのは、限界だった。
 失礼しますも言えず、職員室を後にして、保健室に向かった。

 ノックを2回して、保健室に入った。保健室に入った後の事は覚えていない。ずっと泣くのを我慢していたけど、こんなに泣けるなんて、今年から習う河野先生の前で、男の先生の前で。白状するつもりはなかったけど、この春起きたすべてのことが、口から出てきた…。
 春休み1日目に髪を染めた。黒染めは自分でやった。海苔のようになって停学になった。その日のうちに吹奏楽部ラインから退会させられた、全体も学年も。退会させたのは小学校から一緒の同期だった。クラスの女子ラインも招待を取り消された。
 彼に停学になったことをラインした。そのメッセージには既読がついた。返事はなかった。電話したいとラインした。既読がつかなかった。不安になって仕方なくて、何度もラインした。全部既読はつかなかった。
 何日か経って、ツイッターで彼の名前を検索した。やらなければよかった。進学した大学の陸上部のツイートが引っかかった。

 「北海道出身、本間ハヤテ、彼女募集中」

 日付を見ると停学翌日だった。やっと悟った。振られたのだと。この投稿にいいねをつけていた「HAYATE」というアカウントがあった。知らない女の人との写真をあげていた。4月1日だった。電話に出てくれなかった日だった。「彼女募集中」なんてウソだ。私と別れる前から付き合う人がいたのだ。きっとラインはブロックされたのだろう。もう住む世界が違うのだ。国立大学生と三流高校の停学女。釣り合うはずがない。
 最初から一方的に憧れているだけだったのかもしれない。でも、私には本気の恋で、今だって本気なのだ。もう遠距離になるからって、大学生と高校生になっちゃうからって、ラインをブロックされたって。好きであることはやめられない。
 なんでこんな個人的なこと、ほぼ初対面の先生に話しちゃうんだろう。親にもおばあちゃんにも言えなかったのに。話していたら涙がおさまってきた。授業には行きたくないし、悲しくてつらい気持ちはなくならないのだけど、この気もちはなんだろう。河野先生は何も言わず洋書を読んでいるふりをしている。でも、ここに居ていいよと言っているみたいな気がする。そんな気持ちになったこと、彼との時間にはなかった。
 ひととおり話し、言葉が詰まったころ、チャイムが鳴った。2時間目終了のチャイムだ。

 「悪い。ちょっと職員室に行ってくる。これでも飲んで待ってて。」

 河野先生がさし出したのは冷蔵庫に入っていたOS1だった。熱中症になりそうなときに飲むやつ。今の高ぶっている気持ちをおさえるにはちょうどいい飲み物だった。

 「で、お前はどうしたい。」

 職員室から帰ってきた河野先生が、聞いてきた。正直、なんて答えたらいいのかわからない。

 「彼とヨリを戻したいのか?」

 いや、たぶん、それは、ない。私にウソをついて、次の女に乗り換えていた「見せかけ優しさ男」だ。もうそんなヤツとは付き合えない。

 「違うなら、どうしたいんだ。」

 何も言えないでいると、先生の方からまた質問してきた。どうしたいんだろう?

 河野先生と話して、泣きやんで、3時間目から教室に戻った。
 私はここに留まっているわけにはいかない。あんな男のせい(だけでもないけど…)で、停学というペナルティーを課せられ、学校からも部活からも置き去りにされつつある。
 それでいいのか?
 私がサイコーJKライフとまではいかずとも、普通の高校生に戻るには強くならないといけない。教室に居るのは辛いかもしれない。部活に行くのは苦痛かもしれない。でも、私の高校生活からなくなっていいものではない。
 私が勇気をもって「普通」を目指すことを、先生は応援してくれた。近くで見ているよ、居なくなったら寂しいじゃんと、心を温かくしてくれた。

 英語の時間は週に4回ある。ほぼ毎日、河野先生に会えるなら、頑張れそうな気がした新学期だった。