やっと彼と電話がつながったのは土曜日の夜だった。丸一週間声を聞いていない。「電車だ」とか「大学だ」とか、断られ続け、やっとつながった。「やあ」という声を聴いた瞬間号泣してしまった。寂しくて悲しくて嬉しかった。

 『そんなに泣くなよ』

 「だって、もう会えないと思ったんだもん」

 『そんなことあるかよ』

 「絶望したんだよ!」

 『ばか、そんなに泣くなって』

 涙がおさまるまで30分くらいかかったと思う。ずっとこんなやりとりをしていた。

 「この髪を見て、一緒に染めたなーって、会いたいなーって、思ってたんだよ」

 『は? まだ染めてないのかよ』

 「???」

 「(はてな)」が浮かんだのはこっちの方だ。「染めてないのかよ」ってどういうこと。

 『オレの部活、髪染め禁止だから、もうとっくに黒くしてるよ。ってか、青空って髪染め禁止だろ、早く直せよ…。』

 涙は一瞬で消えた。
 それから黒染めの仕方を彼に聞いた。美容院に行ったら1万円くらいかかる。ミルクティーベージュですでに貯金は底をついている。自分でできる方法を聞いた。

 「わかった。じゃあすぐ薬屋さんで買ってくるね。」

 『ばか。あの田舎でこの時間に店が開いているわけないだろ!』

 スマホを耳から外して、時間を確認すると、10時を過ぎていた。もう信号機も点滅式に変わっている時間だ。明かりがついているのは家の寝室くらい。そんなことも知らず、私は生きてきたんだ。

 『学校、月曜からだろ?まだ時間あるじゃないか。明日買ってこいよ。』

 「うん。ありがとう。」

 『じゃあ、おやすみ。』

 「うん、おやすみなさい……。」

 ここにきて、胸が苦しくなってきた。動悸というやつなのか。

 「好きだよ!また会おうね!」

 やっと言葉になった頃には電話が切れていた。

 始業式。
 私の髪は海苔のような黒色だった。もともと髪が明るめだったことをうらむ。不自然は不自然だが、「黒くなっているからバレないかな」と思っていた。

 世の中舐めていた。

 生徒玄関から入り、上靴に履き替えるとあいさつで立っていた先生方に生徒指導室に連れていかれた。染めただろう、正直に言いなさい、と。「生徒指導」というと、怖いイメージがあったが、先生方はいたって冷静で、一番取り乱しているのは私だった。黒くしてきたのに、なぜ呼び出されなければならないかわからない。正直に言うべきか、しらをきるか。

 「いいえ、染めていません。」

 染めるのが校則違反なのは承知している。だから黒くしてきたのだ。悪いことはしていないことにしてしまおうと思っていた。

 「うーん、これでも染めてないのかな?」

 保健室の伊藤先生がさし出したのは卒業アルバムの吹奏楽部の写真だった。コンクールの時にホールの中庭で撮った集合写真。制服のスカートに白の部活ジャケットを着て、私も映っている。太陽光が当たると、もとから茶髪なんじゃないかと思うくらい、私の髪は明るかった。今の海苔とは大違い。

 「ごめんなさい。」

 もう、白状するしかなかった。

 昼休みの臨時職員会議まで、私は生徒指導質に待機となった。結論、停学。
 もともと染髪は停学を検討する案件らしく、私の場合、ミルクティーベージュに染めたこと、黒く染めたこと、の二回染髪、さらに素直に認めなかったことで、停学から逃れる余地はないそうだった。
 会議は五分もたたずに終了した。会議の後、すぐに校長室に呼ばれ、停学についての説明があった。校長から処分の決定が言い渡される。同席したのは、教頭先生、担任の高戸先生、あとは何人かの役職がある先生方。停学一週間の申し渡しの後、事務的な説明を先生が言った。

 髪を自然な色に戻すこと。

 所属の吹奏楽部も一週間部活停止になること。

 もちろん、吹奏楽部の新入生勧誘は中止になること。

 ……。

 そんな感じだった。部活についての説明から涙が止まらなくなってしまった。まさか、部活に迷惑をかけるとは。新入生勧誘ができないとなると、今後の活動に支障が出る。そんなことくらい、わかる。その後、自分が部活の中に、学校の中に居場所がなくなることくらい。他にも何か先生方は話していたが、そんなことなど、どうでもよかった。

 私はただただ、泣いていた。