2020年4月1日。
 私は16歳になった。2年生になっちゃった。もう学校に行っても智佳先生いないんだ。

 3月に学校が休みになったのは、ちょこっと嬉しかった。というか、本当ならほとんど中国にいて、学校に行けない予定だったら、学校に行って現実を見たくなかった。毎日スーツケースを眺めて「必ず行くぞ」と誓っていた。
 3月24日。一度だけ学校に行った。宿題の確認と修了式、離任式。そこで初めてショックをうけた。

 智佳先生がいなくなっちゃう。

 智佳先生が離任する、居なくなる先生として紹介された。
 悲しかった。
 え、もう先生の授業受けれないの?
 来年の学校祭、一緒に出れないの?
 受け入れたくない現実だった。3月に学校が休みになって、それはつまり、智佳先生と過ごす最後の時間が奪われて。そういうことに今気づいた。私はサイテーな人間だな、と思った。
 悲しすぎて、涙も出なかった。中国行きがなくなって泣き尽くしたのもあるかもしれない。本当に泣けなかった。そして眠れなかった。

 私の夢を叶えてくれたのが智佳先生だった。ちょこっとでも吹奏楽ができた私は幸せ者なのだろう。来年もできるって、智佳先生とできるって信じていた。でも、もう二度とできない。
 中国留学をすすめてくれたのも、実は智佳先生だった。色んな世界見てみたほうがいいよって、やった後悔よりやらない後悔のほうが大きいよって。先生が応援してくれたから、ここまで頑張れた。
 智佳先生と一緒なら、留学が中止になったこの悲しみも乗り越えられると思っていた。また学校祭で一緒にステージに出られると思っていた。それがなくなるって、すごく悲しいんだ。

 コロナっていつ終わるのかな?
 夏休みには、智佳先生の学校に遊びに行けるかな?

 私の高校生活、何も希望がなかったけど、すごい奇跡のかたまりだったんだなぁって思う。なんでもない学校生活が幸せなんだって知らなかったよ。
 ひさしぶりに外に出てみた。外って言っても玄関の外に出ただけだけど。雪がなくなっている。小虫も飛んでいる。空気を吸い込むと土の味がする。
 もう智佳先生はいないけど、この空の向こうにいるんだ。私に奇跡をくれた先生は、またどこかで頑張っているんだ。

 温かいけど、おいしくない。

 ようやく自分に起きたことが理解できて、まぶたが熱く、のどの奥がツンと痛む。

 今年の春の味は、切なかった。