青空高校って何もできない学校だと思って入学したけど、実は知らないこともあった。
 青空町は中国の町と姉妹都市になっていて、1年おきに高校生の交換留学をしている。期間は2週間。今年は青空から生徒が行く番だ。
 うちはワガママを言えない家だったから、遠くに旅行へ行きたいとか、まして海外旅行に行きたいなんて、言えなかった。でも、この交換留学は、助成金で行くから、ほとんどお金がかからない。

 挑戦を阻むものは、何もなかった。

 校内選考は12月に行われた。日本語の作文と面接試験。応募したのは1年生2人、2年生2人の計4人。大人の事情というやつで、選ばれるのは2人だけだった。
 何度も心が折れそうになった。ここで落ちたら、私が受けられるチャンスはやってこない。中国どころか、海外に行けるチャンスなんて、やってこないかもしれない。そのくらい、私の中では崖っぷちだった。

 結果。校内選考で2年生の先輩を抜いて、2人しか選ばれない、学校代表に選ばれた。思えば、高校生になって初めて何かに挑戦して結果を出した。選考は日本語だったけど、これからは中国語の基礎講座が始まる。英語ももうちょこっと頑張らなきゃ。
 選考結果が出て、交換留学が決まったのは年末だった。それから1万円かけてパスポートをとって、飛行機をとって。どんどん準備が進んで、楽しみが増していった。

 「お母さん。」

 私は、15年生きてきて、一番の勇気を出した。

 「中国に行くのに、スーツケースが欲しいの。」

 お母さんは「うん」と言って、少し目を伏せた。
 わかってる。うちにはたった1回しか使わないスーツケースを買うお金はない。でも2週間の旅行に使えそうな大きいカバンもない。
 わかってる。最近のニュースを見ていれば、スーツケースを買ったところで、使えないかもしれないことくらい、わかってる。

 「買おう! 花菜が好きなやつ、買うよ!」

 母は我慢しているのが見え見えな、とびきりの作り笑いをした。私が「行けるか決まるまで待とうよ」と言っても「お金はいいの! 買いに行くよ!」と言って聞かなかった。

 車に乗って、スーツケースを買いに行った。マスクをつけてショッピングモールのカバン屋さんに行った。
 私はここまで来て、買ってもらうのが申し訳なくなってきた。自分で言い出したことだけど、使えないかもしれない、高価なものを、苦しい家計から捻出してもらうのは、やっぱり申し訳なかった。

 「花菜。スーツケース持ってなかったら、中国行けないよ。買ったら行けるかもしれないじゃん!」

 母はやはり、何でもお見通しなのだ。私がスーツケースを使えなくなることをどうしていいか、わからないでいることくらい。母はまた作り笑いをした。マスク越しにもわかるくらい、目もほっぺもニコッとしている。
 私は母を見て、ジーンときてしまった。涙があふれてきた。母は優しく肩に寄りそってくれた。

 涙目になって選んだのは、ピンクのスーツケースだった。ちょっと大きめの3泊旅行用。中国に行けたら、これを持って行こう。そうじゃなくても、この大きさなら使い道はたくさんある。
 スーツケースは私の部屋に置いていた。毎日手を触れて「中国行けるよね?」とつぶやいた。

 スーツケースを買って3日。
 中国への交換留学は中止になった。
 2020年2月20日のできごとだった。

 原因は中国で発生した新型コロナウイルス感染症が大流行を始めたから。なんか薄々、そうなるんじゃないかと思っていた。中国で感染者が出ているという話が聞こえてきたのが1月。日本でも感染者が出てきたのはあっという間だった。
 まだ何もわかっていない未知のウイルス。死者も出たと聞いて、怖い病気だと思っていた。でも、私の中国留学とは関係ないと思いたかった。これを逃したら、私はもう海外には行けない。現実は関係大ありだった。

 学校で留学中止を聞かされて、泣いた。
 泣きながら、家まで歩いた。
 家でも泣いた。夜になっても涙が止まらなかった。
 母は私をひとりにしてくれた。

 それから1週間後。私はテレビを見て目を疑った。

 「来週から年度末まで休校とします。」