3年生の最後のテストは、毎年英作文を書かせることにしている。テーマは毎年「高校生活で成し遂げたこと」について。このテーマとしている理由は2つある。
 まずは難しいからだ。最後のテストが簡単では、達成感を与えられないと考えている。難しい課題を課し、達成感を得てほしい。
 あとは生徒に、自身の頑張りを認めてほしいからだ。最近の、というか私が勤めてきたここ10年の高校生は、自己肯定感という自分を認める力が非常に弱い。たしかに頑張った結果はある程度「成績」という部分で反映される。しかし、そうではなくても頑張っている生徒がたくさんいる。そうした生徒たちに自信をつけさせるのがこの英作文のねらいだ。

 例年、頑張っているけど成績はいまいち、という生徒たちが、「自分の高校生活って何だったんだろう?」という悩みを抱えるのが通例だ。
 今年の例外は、原田だった。

 「『頑張った』っていう達成感がないんですよ。」

 原田は忖度(そんたく)ぬきで、3年生で頑張っているやつトップ5に入る。学業はトップではないが、大学の推薦を出せるくらい、良い。部活は副部長。しかも創部以来初の支部大会出場。就職先もそれなりなところで、きっちり決めた。
 その原田が「達成感がない」と言っている。事件だ。全員に達成感を得させるのは難しいかもしれないが、原田に得させられなければ、私はそれこそ一生後悔するような気がしてならなかった。

 私はこの3月で北海道での教員生活に終止符をうつ。今年の3年生は最後の卒業生だ。もちろん、卒業生は、生徒は、例外なく全員大事だ。その中でも、もう北海道で出す卒業生が最後かと思うと、やはりこの学年には思い入れが深くなってしまっている。
 特に原田は私が就職面接練習を担当した最後の生徒である。頑張っていた原田に達成感を得させるのが、3年生卒業までの大仕事となりそうだ。

 授業では特別扱いはしないと決めていた。教室をまわって、個別にアドバイスする中で「意外と身近に『頑張ったこと』がある」ということを伝えようとした。

 「君の場合は、部活だな。」

 あるサッカー部だった生徒にはそのようなアドバイスをした。我が校のサッカー部はそれほど強くない。地区大会で1勝すればいい方だ。
 私が求めているのは成績じゃない。1番理解しやすいのは部活動だ。努力をしたところで、結果に結びつくのはごく限られた人だけだ。努力したという経験は意外と身近にある。

 「『頑張った〜』っていう達成感がないんですよ。」

 ついに原田が職員室へ質問に来た。これでやっと、個別にアドバイスができる。周りを見ると、後ろで山崎が様子をうかがっている。たしか2人は吹奏楽部の先輩後輩だ。

 「いいか。おまえが大事だと思う人を救えたなら、サイコーじゃないか?」

 伝え聞いた話では、部活に行きづらくなった山崎をなんとか部活に引っ張り出したのが、原田だったそうだ。原田は山崎を懇意にしている。そこから「成し遂げたこと」を認めさせようと思った。

 「あと1週間、全力で思い出せ。この3年間何をしたか。周りの人をどう変えたか。自分はどう感じたか。」

 そうやって「振り返る」ということを私はしてほしかった。何をしたかという「成績」は残る。しかしその、それによって周りの人がどう変わったか、自分はどう感じていたかというのは、記憶の中でしか残らない。そして、一度言葉にしておかないと、記憶というものはなくなってしまうのだ。
 だから、いい英作文を書いてほしい訳じゃない、高校生活を振り返ってほしいということを伝えたいのだ。

 「思った時に気持ちを伝えられないのが、人間、一番辛いんだ。」

 これは、英語の課題とは違うが、きっと今の我々にとって、とても大事なことだと思って、口から出てきた言葉だった。廊下の少し先にいる山崎、目の前の原田、そして私。それぞれにとって、「思った時に気持ちを伝える」というのが大事なのではないかと、直感的に感じたのだった。

 原田は結局、「山崎を部活に来させた」ということを成し遂げた英作文を書いてきた。やってきたことと共に、山崎への感謝があふれる英作文だった。

 「|I played the bassoon for Aki.《私は明希のためにファゴット(bassoon)を演奏しました》」

 「|I love the music Aki’s plays.《私は明希の演奏する音楽が大好きです》」

 山崎の演奏が好きで、山崎と音楽をするために頑張ったと書いていた。
 そして、原田を頑張らせてくれた山崎、そこに気づかせてくれた私への感謝もあふれていた。

 「|Thank you for your mission.《先生、課題をくれてありがとう》」

 やはり、原田は3年生で頑張るやつトップ5に入る。この課題に対して何か書いてきたのは原田が最初で最後だった。これだけ頑張らせたのだから、今度は私が気持ちを伝える番、だな。
 北海道で教える最後の卒業生の授業終わり。私は今までで一番の達成感にあふれていた。