南風館高校の学校祭、通称「南風祭」は、クラスで動く部分と、部活動で動く部分とがある。
 1日目の仮装行列は、クラスごとのテーマに合わせて作成した衣装を着て、ダンスしながらご近所を練り歩く。
 2日目の一般公開もクラスごとの模擬店が主である。例年、オリジナル商品を売り出す飲食店が並ぶ。なかなか凝っていて、オリジナルのレベルが高い商品が並ぶ。なかには地域の店に採用されて一般販売になる商品もある。
 そして3日目が部活動対抗の模擬店とステージで異次元の盛り上がりを見せるのだ。なぜ盛り上がるのかといえば、ここでの売り上げがそのまま部活動の活動資金に充てられるからだ。

 運動部であれば、「ボールを買うために!」とか「野球部にヘルメットを!」とか、活動資金集めで店を出しているのが見え見えだが、吹奏楽部は違う。
 たしかにお金がかかる部活動だ。しかし、金儲けを前面に出さず、単純に「音楽で学校を盛り上げる」ことに徹するのが伝統だ。
 今年の南風祭テーマは「もえる夏」。「燃える」にも「萌える」にも解釈できることから、吹奏楽部はどちらの曲も用意することとなった。

 さて、吹奏楽部は春の事件からどうなったかというと、結論、なんとか丸く収めたのである。これには副部長、原田祐美の尽力が欠かせなかった。

 「あのさ! 明希!」

 合宿三昧となるはずだったゴールデンウィークに山崎を呼び出した原田は、とにかく部活に来ることを求めた。自身が停学となったことから、吹奏楽部の活動制限など多大な迷惑をかけ、行きづらいと言う山崎を一喝し、部活に引っ張り出したのだ。
 停学を機に、3つに分裂してしまった吹奏楽部にとって、山崎が復帰することは分裂を深めることになりかねなかった。しかし、陰口が聞こえる前から原田が、「陰口言う人、許さない」と布石を打ち、実際に気に食わない態度の部員に対しては「チームになれないなら、来ないで」と一喝。
 原田としては、停学はいままでいなかったのが奇跡で、本来誰にでもあること。山崎は所定の罰を受け、「申し訳ない」と大いに反省しているのだから、仲間の再起を、復活を一緒に後押ししよう、というつもりだった。

 ゴールデンウィーク明けに部活が再開してから、山崎はなんとか部活に出て、原田は全体の人間関係の修復に尽力していた。本格的に始動したことにより、途中入部の1年生も数名入って、あとは学校祭を迎えるのみとなっていた。

 さて、吹奏楽部が「萌える」曲として用意したのが、アイドルメドレーとアニメメドレー。「燃える」曲として用意したのが、スポーツメドレーと学園天国。どの曲もダンスをしたり、ボーカルを入れたりと、盛り上げるための工夫を凝らした演奏となった。

 「明希、出てくれてありがとうね。」

 本番が終わると、原田は優しく山崎に礼を言った。

 「いえいえ、なんもですよ。私も楽しかったです。」

 いや、山崎は楽しくなど、なかったのだ。

 実を言うと、山崎はどうしてもできないことがあった。暗譜だ。立って演奏するスタンドプレーという演出には、必然的に暗譜が求められる。楽譜が見れないからだ。山崎は楽譜を覚えきれないまま本番のステージに立ってしまった。
 演奏がクライマックスに達した学園天国。山崎は「吹きマネ」をする決断をした。見た目は楽しそうに吹いている。しかし実際は音が出ていない、吹きマネだ。

 「ああ、ウソ、ついちゃった。」

 山崎は内心暗くなりながら、バスクラリネットをケースに収めた。

 「来年は、完璧に覚えて、祐美さんに見てもらうんだ!」

 来年への決意を胸に、部室を後にした。

 一方原田は、山崎が吹けていない、吹いていないところがあることくらい、お見通しだった。

 「本当に楽しかったのかな?」

 原田は控え室の3C教室で、ファンタを飲みながら振り返っていた。

 2週間後のコンクールは、みんなが楽しめる、もちろん明希も。みんなで楽しんで作る音楽がしたいなぁ。

 吹奏楽部にとっての大一番であるコンクールに思いを馳せ、原田をはじめ、3年生にとって「最後の」南風祭は幕を下ろした。