(ゆうside)

バレンタインの日の放課後、みんなして<おやつタイム>に集まっていた。

「これを見てくださいっ」

春の女の子はこう宣言しながら、机の上で手を広げた。
彼女の手からこぼれ落ちるものを僕たちは興味津々に見ていた。

それはコンビニでも買える手軽なチョコレート。
でもこんなにたくさんの数があるとなると、目を輝かせて見てしまう。
ひとつひとつが銀紙に包まれて、宝石のように光っていた。

「バレンタインだから、一杯買ってきちゃいました」

「あら凄いわねえ」

感嘆するアヤカの手には人数分の小さなシフォンケーキがある。
ロゴから想像するに、ケーキ屋さんで買ってきたものだろう。

あまり異性のイベントを意識しないメンバーだけど、ふたりなりに考えてきてくれたらしい。
これでは僕も来月には何か用意しないといけない。
そんなことを考えながら、最後の女子ひとりを見ていた。

「私、このチョコ好きなのよー。
春ちゃんがおやつを作ってこないのがなんだか可愛らしいというか」

嬉しい声を上げているナギサは、食べるだけのようだ。
ちなみに、去年は何か持ってきたかは思い出せないでいる。

「う……うん。
ホントは作ろうと思ったんだよ、スポンジケーキとか。
でも、放課後までに味変わったら嫌だなあって思ったから」

春ちゃんは慌てて顔の前で手を振っている。
そういえば、料理、とくにお菓子作りはみんな得意じゃない。
やはり春の女の子のイメージだ。
今度は彼女の出来立てのケーキを食べてみたい。

彼女が持ってきたチョコには色んな味があった。
ミルクにホワイト、ビターまで。

「いやあ、こんな食べたら鼻血出ちゃうわ~。
でも、なんだか眠くなってきたわ……」

ナギサはさっきから早いペースで食べ続けている。
そして、彼女が今手にしている包み紙は”ウイスキーボンボン”と書かれていた。
チョコで鼻血が出る話は聞いたことはないが、なんだか不安になってくる。

「あら、それお酒よ。大丈夫?」

アヤカがナギサの肩を揺らす。
あきらかに反応が薄い、その様子を横目にシュンが席を立った。

「こいつダメだなあ、寝ちゃうぞ。
自販機で水買ってくるわ」

その言葉をきっかけに、その場はお開きになってしまった。

 ・・・

いつの間にか下校時間になっていた。

帰る準備をしていると、横から春の女の子が僕の腕をつついてくる。
僕はそっと彼女の方を向く。
少し不安そうな、けれどもはにかんだ表情で僕の方を見ていた。

彼女が何を言いたいか、僕にも分かるようになっていた。

自然な流れで<おやつタイム>のみんなと別れて、ふたりで歩いている。
だけども、彼女は何も話さなかった。
街灯越しにうっすら頬を赤らめているのが分かる。

緊張しているのだろう、何も話しかけないでほしいという気持ちが伝わってくる。

僕は勝手にいつもの公園に行くのだろうと思っていた。
でも、彼女は途中で曲がって路地に入ってしまった。

どこに行くのだろう。
日の入りが早くなっているとはいえ、もう薄暗い時間だ。
辺りは住宅街や電灯の明かりしかない。
彼女に従いながら歩くしかなかった。

視界の脇に見えたのは、小さな紫陽花だった。
もちろんシーズンオフになっていて、静かにその場に佇んでいる。

暗い夜道でも、ここがどこに居るのか分かってきた。
あの夕立に遭った日。
偶然の出会いがあった日。
その場所へ向かっているのだ。

向かう先は、彼女のアパートだ。

家の鍵を開けた春の女の子は、小さな声で僕に声を掛けた。

「……入って、ください」

僕たちは居間のテーブルで向き合って正座している。
ストーブを付けたばかりなので、まだ部屋の空気は冷たかった。

彼女はまだ話し出さない。
というか、必死に話そうとしているのが分かる。
いざ話そうとすると緊張するものだ。

「あ、あのさ……」

うん。
僕は小さく頷いて彼女が続きを言うのを待った。

「もしかしたら、もしかしちゃうけど……。
大丈夫だよね」

はて?
彼女の言おうとしていることが急に分からなくなった。
大丈夫もなにも、何が起きるのだろうか。

「もしかしてさ、持ってたら残念だなって思ってて……」

そんな困ったような目をされても、こちらが困ってしまう。
不安で一杯なのだろう、顔が真っ赤になっている。

ひとつ分かったことは、所持するということは何かのアイテムだ。
それは、彼女からのプレゼントなのだ。

春ちゃんは大きな深呼吸をした。
そして、鞄からなにかを取り出してテーブルの上に置いた。
それは細長い箱だった。

「……開けて、ください」

緊張を出し切ったのか、先ほどの消え入りそうな声に戻っている。
少しうつむくような視線になってしまった。

それは先月アクセサリーショップで見た、水晶が付いた木製のシャープペンシルだった。
欲しかったアイテムだけど高校生の手に余る値段だったはずだ。
それが今、僕の目の前にある。

「どうしたの、これ?」

「輸血してくれたことのお礼です……。
それに……」

ここでうつむき加減な小さな顔は風船のようにしぼんでしまった。
少し時間が経ったあと、彼女は顔を上げた。
その瞳はしっかり僕の方を向いている。

「それに……。
君はわたしを生かしてくれたんだ。
だから、君のことを信頼しようと思って」

血液の代わりに、ちゃんと形に残るものを持っていて欲しい。
それが春の女の子の答えだった。

「ありがとう、嬉しいよ」

僕は素直な気持ちを口にする。
家で、大切に使おう。

彼女はやっとほほ笑んでくれた。