(ゆうside)

年が明けて始業式の日を迎えた。

教室に入ると、すでにシュンとアヤカがいた。
まだコートを脱いでいない彼を注意している様子だった。

「すぐに温かくなるよ」

僕はふたりにこう告げた。
周りの様子を見ながらコメントを添えるのは、僕の得意技だ。
一瞬で解決する技を見つけた。
彼はしぶしぶコートを脱ぎだした。

教室には少しずつ人が集まってくる。

あけましておめでとう、冬休みどうだった。
クラス中の話題は色んなテーマで彩られていく。
やがて、一瞬だけそれが霞んで。

みんなの視線がある一点に集中した。

教室の入り口。
白いダッフルコートにキャスケット。
緊張しながら入ってくるその姿は春の女の子だった。

ナギサが彼女の方へ走っていき、軽く抱きしめた。
春ちゃんはいかにも困ったような表情を見せている。

「恥ずかしいんだけど……」

「あ、そっかごめんね」

宣言した通り彼女は学校に来てくれて、僕も安心した。
クラス中に明るい雰囲気が戻った気がする。

こうなれば、<おやつタイム>を開かない訳にはいかない。
春の女の子の復活を祝ってあげないと。
ただただおやつを食べながら雑談するだけ、その楽しさを改めて実感する。

「春ちゃんってずっと暇じゃなかった?」

「そうだねえ。
退院してからはあまり出掛けなかったからなあ。
あ、ちょっとだけ都会には……」

彼女はここだけ言って、やっぱりなんでもないと話題を打ち切った。
その表情は少し恥ずかしそうだった。
僕との話題のことだ、でも特に会話を拾う必要はないだろうから自分も黙っておいた。

ここで視線を向けてきたのはナギサだった。
何を言いたいかすぐに分かったから、僕は鞄から小袋を出した。
春の女の子の方に差し出すと、彼女は少し目をぱちぱちと瞬いた。

「開けていいの?」

彼女が聞くと、その場にいるみんなが頷く。

「なにこれ、きれい……」

それはこの間見かけた、水晶のストラップだ。
ナギサが話を切り出した。

「みんなでお揃いのものを買ったんだよ」

「本当に?
……嬉しい、みんなで一緒なんだなあ」

そう言うなり、春ちゃんは顔をうつむけてしまった。

「わたし迷惑かけたよね。
みんなに、クラス中に……。
でも、それ以上、なんて言えば良いか分からなかったんだ」

傷つけてしまったから、離れたくて。
その想いが、彼女を苦しめていたんだ。

湿り気のある空気を振り払ったのは、アヤカの一言だった。

「良いんだよ、それでも来てくれたんだから」

ナギサが春ちゃんをそっと抱きしめる。
皆の顔にも微笑みが生まれている気がした。

やっぱりみんなが揃ってないといけないんだ。
みんな、同じ気持ちだと思う。

 ・・・

下校時間になったので、仕方なく帰りの支度を始めた。

校舎を出たときに、心の中にくすぶっているものがあることに気づいた。
でも、僕の心の中でもやもやしている。

上手く言葉にできないまま、校門へ向かって歩いていく。

「それじゃあ、また会おう」

春の女の子がそう言って、一人だけ分かれて行ってしまう。
振り向きざまに彼女が小さくなってしまう。

……なんだろう、伝えないといけない気がした。

これは、会話を拾っておかないといけない話だ。
せっかく学校に来てくれた彼女のために。
そして、これからもみんなで明日をめぐるために。

だから、僕はみんなに適当な嘘をでっち上げた。

「ごめん、忘れ物しちゃったから」

そう言って小走りに戻っていく。

春ちゃんはまだひとりで歩いていた。
僕は彼女の肩に手を置く。
振り返った彼女の表情は、当然のことながら驚きに満ちていた。

「……ゆう君、どうしたの?」

「急にごめんね、少し時間あるかな?
話がしたいんだ」

うん、良いよ。
彼女は頷いてくれた。

 ・・・

薄暗い空の下、ふたりして歩いている。

いざ話すとなると緊張するものだ。
取るに足らない話をして、とりあえず場をつないでいる。
でも、彼女は困った表情は見せずに会話に参加してくれた。

やがて、ある場所が見えてくる。
少しずつ視界に入っていく姿に、僕の脳裏はくっきりとあの日のことを思い出していく。

僕の目に映るピントは、ふたりが出会った公園を捉えた。

ベンチに座ったものの、お互いに話の穂先を折ってしまう。
沈黙の中、風の音ががふたりを包んでいる。

話をはじめたのは彼女の方だった。

「ここにくるのも久しぶりだなあ。
白いツツジが咲いていたんだよね、覚えてる?」

もちろん覚えている。
春の女の子との出会いの日だから忘れるわけがない。
あのファインダーに収めた光景が脳裏に浮かんだ。
とても憂いで、美しい光景。

いつか一緒に写真を撮りたい、そう思ったんだ……。

だから、僕はこの子が怪我をしたときに、行動を選ばなかった。
彼女の方を向き、しっかりと告げた。

「君は気づいていないかもしれないけどね。
君が救急車で運ばれたときに僕も乗せてもらったんだ」

「……え?」

「血液型が同じだから、輸血しようと思ったんだ」

春の女の子は一瞬だけきょとんとして。
両手を口の前に置いて驚いていた。

街灯に照らされた顔は、まるで瑞々しい果実のように真っ赤に染まっている。

「看護師さんが言ってたんだよ。
誰か白馬の王子様みたいな人がいるって、……君だったんだ」

何だか饒舌の様に話を続けたのは気のせいだろうか。
そして、少し照れながら、はにかみながら言った。

「ありがとう、わたしなんかのために」

公園を出て僕たちは向き合った。

暗くなっても、彼女の温かい表情が分かる気がした。
僕の方に腕を伸ばして、広げた手を振る。

「また、明日だよ」

春ちゃんは頬紅が香ったようにきれいに頬を赤らめていた。

彼女の憂い顔を撮影した日から、僕はこの瞬間を待っていたような気がする。
温かみのある微笑みをいつか見たかったんだ。

君と出会った交差点で、笑顔を交わした。