(千冬side)
デビュー曲の売り上げはまずまず、といったところだった。
ラジオ番組にはよく呼ばれたし、私自身も店内で売り子をしていたのだけど。
それでも色んな企画を考えてくれた皆さんには感謝しかない。
CDが売れない時代だから仕方ない、と自分自身に言い聞かせてみる。
今年最後の仕事である雑誌取材が終わった。
マネージャーと一緒に笑顔のお辞儀をした。
相手も同じように頭を下げているところを見ると、なんだか嬉しかった。
デビューして間もないけれど、一通りの仕事をこなしたんだ。
マネージャーがくれた缶コーヒー。
その心地よい甘さは、一年を無事終えることができた安堵の気持ちにさせてくれる。
自宅まで送ってもらうことになった。
助手席に座って外を眺めてみた。
夜空にビルやイルミネーションの明かりが浮かんでいる。
それらはひとつに同化して、街全体がきらびやかな星空の下にいるような錯覚を覚えた。
信号に差し掛かったところで車が止まる。
目の前を家族連れが歩いていた。
小学生か幼稚園児くらいの女の子が手を引かれながら、プレゼントの包みを大事そうに抱えている。
まるで、昔の私みたいで微笑ましかった。
信号がなかなか切り替わらないからか、マネージャーが話しかけてきた。
「実家には帰るのかい」
「まだ考えてますねえ。
疲れちゃったし部屋の掃除もしたいので、元日に挨拶するだけにしようかな」
彼は良い人だけど、あまり世間話はしない。
でも、気さくで真面目なところはとても好感が持てる。
すると、彼は自分の缶コーヒーを手に取った。
それは飲むのではなく、私に見せるように持ち上げた。
何をするのだろうと不思議に思ったが、もしかしてと気づいた。
私も同じように持ち上げると、彼は缶をコツンとぶつけた。
「じゃあ、来年もよろしくということで」
まるでジョッキのようだった。
私はついくすくすと笑ってしまった。
少年のような心意気はなんだか可愛らしい。
いつかビジネスパートナーだけでない関係になれたらいいな。
きっと、いつか。
・・・
車は都会を抜けて、住宅街に入っていった。
ビルの明かりは少しずつ減っていく。
信号機や電灯の明かり、住宅から漏れるもの。
暮らしの光は、生活している証がここにあると告げているように感じる。
人々の想いが輝いている。
そろそろDVDは届いただろうか。
発表するつもりのない、私たちだけの曲にするつもりだ。
みんな社会に出るようになって、やりたいことを見つけて。
小さい頃とは違ったとしても、また変わったとしても。
今信じた道を進めばいいと思う。
それはきれいなことなんだ。
私は作詞という形で言葉を紡ぐ。
でも、手紙をしたためるというと話は別で、なんだか恥ずかしい。
詠夏だったらきちんと手紙も、年賀状も書くのにな。
だから、私なりの愛情の気持ちを動画に収めた。
もう遭えることもないだろう。
思い出は心に今もきらめいているから。
「星、か……」
ふと空を見上げてみると、雲ひとつない空にきらめくものが浮かんでいた。
・・・
小学校に嫌な思い出しかなかった私は、公立に行くつもりはなかった。
一時期は男子が嫌いだったから。
ほとんど逃げるように、忘れたい一心で中高一貫の女子高に通うことを決めた。
緊張を解き解いてくれたのが詠夏と秋華だった。
季節にちなんだ少女たちが同じクラスになるのはなんだか滑稽だったけど。
でもそのおかげですぐに話すようになった。
秋華はいつもグループを引っ張ってくれる。
スポーツの授業も、放課後にどこに行くかも必ずと言っていいほど彼女から話題がはじまる。
男子みたいな速度のサーブも、シングルとダブルの変則試合も。
彼女といるだけで場が明るくなるのが、彼女の魅力だろう。
ある日の昼休み、にこにこしながら秋華が何かを持ってきた。
「なにこれ?」
「ビワだよ、採ってきた」
学校の敷地内に一本だけ埋まっているんだ。
みんなして実を食べて、美味しくないと言いあった。
みんなの様子を見ながら、くすくすと笑うのが詠夏だ。
彼女の口数は少ないけれど、ちゃんと私たちやクラスのことを考えてものを言う。
淑やかなみんなのお姉さんだ。
クリスマスが近い時期に、彼女はカフェで一杯のコーヒーを奢ってくれた。
「誕生日を祝うなんて、理由がいるのかな」
ごく自然な態度で首をかしげながらこう話していた。
その時、彼女に惚れたんだ。
それは恋愛とかそういうものじゃなかった、純粋なきれいなものだと思った。
彼女が髪を分けただけ。
それが私にとって痺れる姿だったから。
髪を伸ばしてみたりファッションに溺れてみたり、何とかして彼女の姿に近づこうとしたことがあった。
学内の順位や美しい筆跡さえも追いかけてみたかった。
でも、カフェで告白を聞いてしまってから、彼女を追いかけるのを止めてしまった。
この間、<セプトクルール>に行けて良かった。
彼女は今でも美しかった。
着飾った私も、おめかしした私も勝負する次元が違う。
自分なりの一面を磨いていこうって気づくことができたのだから。
「君の声って、素敵だね」
音楽の時間にやった朗読劇のときに告げてくれた一言だ。
そのために、約束しよう。
この声をみんなに届けるのが、私の仕事だ。
・・・
家に着いた私は、一杯だけワインを飲むことにした。
冬で好きなことがひとつだけあった、星がきれいに輝くことだ。
クリスマスのライトアップは苦手だけど、空に浮かんでいるものを見るのは苦にならない。
不思議と夜空が青く見えたような気がした。
私は詠夏を求めていた。
彼女の優しさに触れたかったんだ。
それが、私が感じていた人恋しさだったと思う。
夜空のシャンデリアの下で楽しく過ごせるように。
彼女を照らす星に自分がなれたらいいな、本当にそう思う。
デビュー曲の売り上げはまずまず、といったところだった。
ラジオ番組にはよく呼ばれたし、私自身も店内で売り子をしていたのだけど。
それでも色んな企画を考えてくれた皆さんには感謝しかない。
CDが売れない時代だから仕方ない、と自分自身に言い聞かせてみる。
今年最後の仕事である雑誌取材が終わった。
マネージャーと一緒に笑顔のお辞儀をした。
相手も同じように頭を下げているところを見ると、なんだか嬉しかった。
デビューして間もないけれど、一通りの仕事をこなしたんだ。
マネージャーがくれた缶コーヒー。
その心地よい甘さは、一年を無事終えることができた安堵の気持ちにさせてくれる。
自宅まで送ってもらうことになった。
助手席に座って外を眺めてみた。
夜空にビルやイルミネーションの明かりが浮かんでいる。
それらはひとつに同化して、街全体がきらびやかな星空の下にいるような錯覚を覚えた。
信号に差し掛かったところで車が止まる。
目の前を家族連れが歩いていた。
小学生か幼稚園児くらいの女の子が手を引かれながら、プレゼントの包みを大事そうに抱えている。
まるで、昔の私みたいで微笑ましかった。
信号がなかなか切り替わらないからか、マネージャーが話しかけてきた。
「実家には帰るのかい」
「まだ考えてますねえ。
疲れちゃったし部屋の掃除もしたいので、元日に挨拶するだけにしようかな」
彼は良い人だけど、あまり世間話はしない。
でも、気さくで真面目なところはとても好感が持てる。
すると、彼は自分の缶コーヒーを手に取った。
それは飲むのではなく、私に見せるように持ち上げた。
何をするのだろうと不思議に思ったが、もしかしてと気づいた。
私も同じように持ち上げると、彼は缶をコツンとぶつけた。
「じゃあ、来年もよろしくということで」
まるでジョッキのようだった。
私はついくすくすと笑ってしまった。
少年のような心意気はなんだか可愛らしい。
いつかビジネスパートナーだけでない関係になれたらいいな。
きっと、いつか。
・・・
車は都会を抜けて、住宅街に入っていった。
ビルの明かりは少しずつ減っていく。
信号機や電灯の明かり、住宅から漏れるもの。
暮らしの光は、生活している証がここにあると告げているように感じる。
人々の想いが輝いている。
そろそろDVDは届いただろうか。
発表するつもりのない、私たちだけの曲にするつもりだ。
みんな社会に出るようになって、やりたいことを見つけて。
小さい頃とは違ったとしても、また変わったとしても。
今信じた道を進めばいいと思う。
それはきれいなことなんだ。
私は作詞という形で言葉を紡ぐ。
でも、手紙をしたためるというと話は別で、なんだか恥ずかしい。
詠夏だったらきちんと手紙も、年賀状も書くのにな。
だから、私なりの愛情の気持ちを動画に収めた。
もう遭えることもないだろう。
思い出は心に今もきらめいているから。
「星、か……」
ふと空を見上げてみると、雲ひとつない空にきらめくものが浮かんでいた。
・・・
小学校に嫌な思い出しかなかった私は、公立に行くつもりはなかった。
一時期は男子が嫌いだったから。
ほとんど逃げるように、忘れたい一心で中高一貫の女子高に通うことを決めた。
緊張を解き解いてくれたのが詠夏と秋華だった。
季節にちなんだ少女たちが同じクラスになるのはなんだか滑稽だったけど。
でもそのおかげですぐに話すようになった。
秋華はいつもグループを引っ張ってくれる。
スポーツの授業も、放課後にどこに行くかも必ずと言っていいほど彼女から話題がはじまる。
男子みたいな速度のサーブも、シングルとダブルの変則試合も。
彼女といるだけで場が明るくなるのが、彼女の魅力だろう。
ある日の昼休み、にこにこしながら秋華が何かを持ってきた。
「なにこれ?」
「ビワだよ、採ってきた」
学校の敷地内に一本だけ埋まっているんだ。
みんなして実を食べて、美味しくないと言いあった。
みんなの様子を見ながら、くすくすと笑うのが詠夏だ。
彼女の口数は少ないけれど、ちゃんと私たちやクラスのことを考えてものを言う。
淑やかなみんなのお姉さんだ。
クリスマスが近い時期に、彼女はカフェで一杯のコーヒーを奢ってくれた。
「誕生日を祝うなんて、理由がいるのかな」
ごく自然な態度で首をかしげながらこう話していた。
その時、彼女に惚れたんだ。
それは恋愛とかそういうものじゃなかった、純粋なきれいなものだと思った。
彼女が髪を分けただけ。
それが私にとって痺れる姿だったから。
髪を伸ばしてみたりファッションに溺れてみたり、何とかして彼女の姿に近づこうとしたことがあった。
学内の順位や美しい筆跡さえも追いかけてみたかった。
でも、カフェで告白を聞いてしまってから、彼女を追いかけるのを止めてしまった。
この間、<セプトクルール>に行けて良かった。
彼女は今でも美しかった。
着飾った私も、おめかしした私も勝負する次元が違う。
自分なりの一面を磨いていこうって気づくことができたのだから。
「君の声って、素敵だね」
音楽の時間にやった朗読劇のときに告げてくれた一言だ。
そのために、約束しよう。
この声をみんなに届けるのが、私の仕事だ。
・・・
家に着いた私は、一杯だけワインを飲むことにした。
冬で好きなことがひとつだけあった、星がきれいに輝くことだ。
クリスマスのライトアップは苦手だけど、空に浮かんでいるものを見るのは苦にならない。
不思議と夜空が青く見えたような気がした。
私は詠夏を求めていた。
彼女の優しさに触れたかったんだ。
それが、私が感じていた人恋しさだったと思う。
夜空のシャンデリアの下で楽しく過ごせるように。
彼女を照らす星に自分がなれたらいいな、本当にそう思う。