(ゆうside)

期末テストが終わってのんびりとぐったりとした教室。

ナギサが机の上でくつろぐ僕の耳元で囁いた。
彼女の方に目を向けると、なんだか不敵な笑みを浮かべている。

僕は静かに声を発せず頷いた。

なるほど、今日は長い一日になりそうだ。

 ・・・

テーブルの上に湯気が立つどんぶりが運ばれてきた。

「まったく。
ラーメンなんて一人じゃ食べませんって。
それじゃ、いただきまーす」

ナギサは両手を顔の前に合わせると元気よく声を上げた。
ここは商店街に唯一ある飲食店だ。
裏通りにあるためか、混みそうな時間帯なのに他に誰も客がいなかった。

学校から近いのに、外を歩いていると冷たい北風が体温を奪っていく。
冷えた体に温かい味が嬉しかった。

テストが終わった後に、<おやつタイム>のみんなでラーメンを食べに行くことにした。
わいわいと楽しみながら食べている。
シュンがスープを飲み干して完食していたところだった。

僕はその様子を見て、静かなため息をついた。

ここにはもう一人いるべきなのだ。
春の女の子はラーメンが好きだろうか、なんだかあまりイメージがないけれど。
すでに退院していると聞くけれど、学校に姿を見せないのはいまいち心配だった。

ナギサがこちらを見て、元気だしなよと慰めてきた。

「テストで解けない問題があるくらい、大丈夫だって」

そういうわけではないのだけど。
話を合わせておくのも良いだろう。

「そうなんだよ、数学の最後の問題分からなかったよね」

そうそう、とテスト問題についての話題が咲いた。


ラーメン屋を出た僕たちは駅に向かって歩いていた。

前を歩く3人の背は何だか伸びているような気がした。
なんだか頼もしく見える。
久しぶりに見たからだろうか。

そこに、ナギサがこちらを振り返った。
わくわくしながら僕の方に近づいて、そっと話してくれる。

「さっきのラーメン屋でのツッコミ、嘘だからね。
春ちゃんの心配でしょ……」

言いたいことだけ言って、小走りで先に行ってしまった。
みんな分かっている、春の女の子を気にかけているんだ。

 ・・・

先頭を歩いていたアヤカがこちらを見て合図している。

「何か新しいお店みたいだよ! 見てみたいの」

その店は小さなアクセサリーショップだった。
ついこの間オープンしたらしい。

ドアの脇には腰の高さほどの水晶が鎮座している。
シュンはそれらの大きな置物ばかり見ていた。
こういうのに興味があるのだろう。

女子ふたりは目を輝かせて指輪のショーウィンドウを覗いている。
僕はなにか買わされそうな気がした。
冷や汗をかきつつ別の棚を順番に見ることにしよう。

ひとつだけ目についたのが、シャープペンシルだった。
本体は木製で、クリップのところに水晶が埋め込まれていた。
手に持ってみると、すっと手に馴染む。

粋なデザインに一目惚れしてしまった。
文房具に対して思うのは珍しいだろう、つい欲しくなってしまった。

「あら、高いわねえ。
給料3ヶ月分ってところかしら」

横から様子を見ていたナギサがにこにこしながら語っていた。
それは婚約指輪の値段だ。
もちろん、結婚なんて僕たちには早い世界だけど。

お小遣いを貯めて買えるものではないようだ、仕方なく棚に戻すことにした。

「それよりさ、こういうの買おうよ!」

彼女が手に取ったのは、隣に置かれていたストラップだった。
小さな水晶玉が付いている、ごくシンプルなアイテムだ。

「みんなでお揃いだよ」

その声に反応したのか、店員が後ろから声を掛けた。

「あら、青春の1ページを覗いてしまいましたね。
皆さん仲良くて素敵ですねえ」

つい、ごめんなさいね。
と、店員は嬉しそうに笑ってくれる。

そうなんですよ、とナギサが気を良くした。

「私たち、中学生の頃から一緒で。
またまた同じクラスになって……」

それだけ言って、ナギサは顔を背けてしまった。
……でも、ひとり足りないんだ。

気に障ることのないように、店員は風邪かどうか聞いている。
でも、彼女はうつむいたまま首を横に振った。

その様子を見ていた僕も、切なくなって会話に参加した。

「ちょっと事情があって……。
ストラップひとつ、自分が払いますよ」

「ゆう、悪いって」

お互いに揉めそうなところを、店員が”待って”と手のひらを向けてきた。
わくわくした表情で僕たちのことを見てきた。
そして、人差し指を口の前に持ってきた。

秘密です、のサイン。

お代は4人分のストラップだけになった。
そして、僕はストラップの包みをふたつ受け取った。

あの子には、僕が渡してあげよう。

 ・・・

スタバの丸いテーブル席を囲んで、僕たちは飲み物を掲げた。

明日から休校日になるため、しばらく会うことはない。
みんなでたわいもない話をするのは、今日で最後だった。

これまでの生活が無事に終わって、なんだか安堵している自分が居る。

「次に会うのは終業式だねえ。
クリスマスも近いし、ケーキ屋のクッキー買ってくるよ」

「買わなくていいから、作ってほしいな」

ナギサの提案に、シュンが軽く突っ込んでいる。
それで大きな笑いが生まれた。

「ちょっと、私はおやつなんて作れないんだから」

「ホント、ナギサの料理はひどいからねえ」

アヤカもツッコミに参戦する。
そして、頬杖を突きながら重みのある一言をつぶやいた。

「おやつ作るなら、ホントあの子だよねえ」

その言葉に、みんなが納得した。
静かに頷き合っていた。

そう、みんな春の女の子の帰りを待っているんだ。


やがて、終業式の日を迎えた。
教室のストーブを付けて温まっていると、みんなが順番に現れた。

おはようを言い合っても。
いくら待っても。

春の女の子はやって来なかった。