(ゆうside)

僕は校門の前で空を見上げた。

空の色は青と朱色が混ざりあっていく。
これからは少しずつ赤く変わるだろう。

美しいグラデーションなのに。
その様子を写真に収めても、なんだか気分が乗らなかった。
溜まっている不安を出すような、大きなため息をついた。

春の女の子のことが思い種になっている。
彼女が思い込むことはもうないと思うけど、僕はまだ心配を捨てきれない。
ちなみに、こないだの出来事はみんなに秘密にしている。

「お待たせ」

振り返ると、待ち合わせしていたナギサがやってきた。
それじゃあ行こうか、と僕たちは並んで歩き出した。

会話がないまま黙々と歩いている。
特に話題も思いつかないので、彼女の歩幅に合わせていた。
隣に歩く姿をそっと横目で見てみた。
なんだか、彼女の背丈が少し伸びていたのは気のせいだろうか。

「ねえ」

呼び掛けられて、僕の瞳のピントは彼女の横顔に合った。

「なに私の顔をずっと見てるのよ。
どうだったの、この間」

この間。何かあったっけ。

「春ちゃんのお見舞い行ってくれたでしょ。
どうだった、何かあった」

僕は考えに詰まった。
花束は渡したけれど、春の女の子についてのことを話す気持ちにはなれなかった。
もちろん、屋上の出来事を話すわけにはいかない。

すると、彼女は笑いだした。
口のところに手をおいてからかうような目線を投げてくる。

「えー、イチャイチャしたんじゃないの」

この人はなんてことを言うのだろうか、否応なしに想像してしまう。
慌てて首を横に振って頭の中から追い出した。


空をハトが飛んでいた。
さっきからナギサの話は終わるところを知らない。
前を向いたまま語りだした。

「お前って、いつも落ち着いているというか」

そんなことはないと思う。
そして、ひとつ気になったことがあった。

「そういえば、その呼び方ってどうしたの。
いつもは名前で呼んでくれるのに」

「別にいいじゃない」

自由奔放な彼女のことだ。
僕をからかって楽しんでいるのだろう。

そして、彼女はコンビニの脇を曲がっていった。
僕は遅れないように歩幅を合わせた。
下り坂を遅れないように歩く。

「聞いてなかったんだけど、どこに行きたいのかな」

「駅の本屋に行くんだよ。
ルーズリーフ買いたい」

なるほど。
でも、商店街を歩くよりも表にあるバス通りの方が早いだろう。

「いいじゃない、ゆっくり行こうよ」

彼女は楽しそうに商店街の様子を伺っている。
ケーキ屋のクッキーを物欲しそうに見ていた。

僕はそっと財布の中身を確認して、彼女に声を掛けた。

「買ってあげるよ。
ただし安いやつだからね」

「さすが、話分かるねえ」

ナギサは僕の手を取って意気揚々に入っていった。
嬉しさを満面に見せた表情は、まるで主人に構ってもらえた犬のようだ。
でも、これは手懐けているわけではない。
シンパシーというやつだろう。

ずっと一緒にいるから、<おやつタイム>の皆が考えていることくらい分かる。

落ち着いているというのは、こういうところで発揮されているのだろうか。
正直言って、僕は自分で自分のことがわかっていない。
春の女の子にもこの間言われたな。

商店街の下り坂をまた歩いていく。

彼女は少し僕の方に近づきながら質問をしてきた。
揺れたポニーテールが僕の耳の辺りにふれる。

「ね、ね。
もしさ、二人きりになりたいって言ったらどうする」

まさしく今のシチュエーションのことを言っているのだろうか。
もちろん手をつないでいるわけじゃないけれど。
手が当たるか当たらないかの絶妙な距離で歩いている。

お互いに付き合ってはいないし、答えが詰まる質問だ。
これまでも二人でいるシーンとかあったと思うけどな、と考えつつ答えた。

「そうだなあ。
特に無いよ、君の行きたいところに行こうか」

「なにそれ、モテないよー」

彼女は足を止めて、その場で声を上げて笑ってしまった。
商店街中の視線が僕たちに集まったような気がした。
恥ずかしいからやめてほしい。

この回答は正解だったのだろうか。
例えば、春の女の子だったら、どういう風に捉えてくれたのかな。

 ・・・

信号待ちをしていと、ナギサはまた語りだした。
もうここまでで、クッキーのほとんどを食べてしまっている。
ちなみに、僕にもひとつくれた。

「お前ってさ、ほんとマイペースっていうか」

いつもの雑な会話が<おやつタイム>のテーマともいえる。
だけども、今日の彼女が口にすることのほとんどは分からない。
それに、会話のペースも何だか早いような気がした。
さっきのシンパシーは分かったのに。

歩きながら言った彼女の一言は、僕の心を捕まえるのだった。

「おまけに、優しいんだよ」

僕は思わず立ち止まった。

信号を渡り切ったナギサはその場で振り返った。
夕焼けになっても、彼女の照れている赤い表情が映えている。
うっすら涙が滲んでいた。

「何度も言わせないでよね。
ずっと見ているから、よく分かるんだ……」

僕はつい、彼女の顔をじっと見つめてしまった。
お互いに歩くこと無く立ち尽していてしまう。

「君は優しいから、私はずっといたいんだ」

ついに彼女は涙を溢れ出してしまう。
その表情は嬉しいとも困っているとも分からない、不思議な感情だった。

「春ちゃんだって、君に来てもらって嬉しかったと思うよ」

彼女の瞳から涙が流れ出していた。
僕の胸元に抱きつき、溜まりきった涙を流す。

「本当、お前ってバカなんだから」

僕は困り果てて、彼女を支えることしかできなかった。
その最後の一言は、僕の心に降りかかるようだった。

「君の気持ちを、もっと私に……。
どうして、私だけに向いてくれないの」

僕には返す言葉が見つからなかった。
秋の空みたいな彼女の繊細な感情が読めなかったのだから。

交差点の脇で寄り添うシルエットは、どういう風に見えるのだろうか。