(ゆうside)

教室の窓から外を眺めてみる。

空にはハトが飛んでいて、中庭には下校している生徒の声が響く。
その中にある少女を見つけたとこだった。

毎日見ている景色に、なんだか不思議に思えた。

「ゆう、改まってどうしたの?」

後ろから声をかけられて、僕は窓を背に振り返った。
そこには、放課後の教室にクラスメイトが3人残っていた。
みんなで集まって雑談をしているのだ。

左側からシュン、ナギサ、アヤカという名前だ。

シュンは少し背の高い男子だ。
癖のある髪質が特徴で、最近は陸上部にチャレンジすると言っていた。

ナギサはポニーテールが特徴の女子だ。
元気一杯な性格で、水泳部に入った。

アヤカは切り揃えたようなショートカットでいつも髪留めを付けている。
たしか美術室だった、口数は少ないけれど冷静な性格だ。

中学生の頃から仲良くしている彼らたちとはこうして話をすることが多い。
それは誰ともなく、<おやつタイム>の時間と呼んでいる。
同じ高校に進学し、なぜか一緒のクラスになった。

「なんか、馴染んだっていうか。
上手く表現できないような……」

僕は気になっていたことを話してみた。

「そっか、慣れてきたんじゃないかな」

ナギサがこう答えてくれる。
そういうものだろうか。
まだゴールデンウイークも迎えていないけれど、高校生活に慣れてきたということだろう。

たぶん、このみんなが同じクラスにいるおかげだと思う。
今までと同じような雰囲気が生まれているからだ。

同じ関係のまま変わらず続けられることに心なしか嬉しく思っているんだ。

でも、気になることがある。
今さっき中庭を通り過ぎた彼女のことを。
入学式の時に出会った彼女のことを。

春の女の子のことを僕は考えていた。

クラスにいる彼女はほとんど誰かと話しているところを見たことがない。
まるで、話しかけられると困るみたいことを言いそうだ。
この間の公園では話してくれたのに。

不思議な雰囲気を抱いているから。
僕も話しかけるタイミングをつかめない。

 ・・・

ある日、僕は写真を撮りに出かけた。

普段行かない街で、住宅街を歩いてみる。
まるで散歩をしているみたいに。

幼稚園の少し錆びたブランコ。
静かに咲いている藤の花。
<ご自由にお持ちください>と書かれたおもちゃたち。

静かな住宅街の中で、注目されないけれど静かに佇んでいる。
ひとつひとつファインダーに収めた。

しばらく歩いていると、大きな神社があるのに気づいた。
鳥居の脇には大きな桜の木が立っている。

美しさと同時に寂しさを覚えずにはいられなかった。
もうシーズンが終わっていて葉桜なのだから、この木も注目されないのだろうか。
風光る中、桜の木と鳥居が写るようにカメラのシャッターを押した。

写真を撮るようになったのもこんな理由だった。
小さい頃、花が枯れてしまうのがなんとなく嫌だったから。
共感されることはあまりなかったから、小さい反骨心からお小遣いを貯めてデジタルカメラを買った。
今でも、ずっと使い続けている。

小学生の日だっただろうか。
プールの帰り道だったと思う、クラスメイトの女の子に話したことがあった。

「だって、枯れてしまっても写真の中で残るんだよ」

彼女だけは話に乗ってくれた。

「楽しそうじゃない、自然もいいけれどアタシも撮ってよね」

まるでモデルのようなことを言う彼女に思わず笑ってしまった。
それがナギサで、彼女とはずっと仲が良い。

……色んな季節が過ぎても、そこにいるという証を、写真に撮ることで残すことができる。


少し休んでいると、遠くから言い争っている声が聞こえた。
なるほど、車を当てたかどうかで揉めているようだった。

ふと、写真の題材を思いついた。
彼らに気づかれないように近づいて、物陰に隠れながらファインダーを覗く。
気づかれたら、すべてが終わりだから気を付けないといけない。

彼らの顔が写りそうだ……。
レンズの角度をちょっと下げてみる……。

彼らの足元しか映っていない、これなら撮影できそうだ。

僕はシャッターを切った。

 ・・・

ある日の授業中。

教室の窓から見える空は、雲がほとんどなくて爽やかな五月晴れだ。
まるでパレットに出したような原色の青だなって思う。

先生が提出してほしい宿題について説明している。

美術部の彼女は授業用の眼鏡をかけてペンを走らせている。
水泳部の彼女は必死に欠伸を堪えている。
陸上部の彼は相変わらず寝ている。

<おやつタイム>のみんなはいつも通りの授業の風景だ。

春の女の子は必死に黒板を見つめている。
青い空を背景に彼女の透き通った瞳にピントが合ったような、きれいな空間だなって思った。

彼女を見ていると、不思議な気持ちを抱く。
柔らかいとでもいうのだろうか、優しさを抱いているような。
それが、彼女自身の雰囲気なんだ。

写真に撮りたかったのだけど、授業中なのが悔やまれた。


この間の神社で撮影した写真を思い出した。
喧嘩している男性たちの写真だ。

撮影したのは彼らの足元とと太陽で伸びる影だけだった。

これだけを見せられたら、穏やかに話しているように見える。
このようにキリトリしてみると、まったく別の雰囲気になって面白い。

僕のピントに映る彼女のように。

 ・・・

授業が終わったところで、春の女の子に声をかけられた。
その表情は不安で染まっていて、話しかけるだけでも緊張しているのが伝わってきた。

「どうしたの?」

「あの、わたしちょっと困ってて……。
次の授業さ、教科書忘れたの」

次は移動教室で彼女はとなりの席になるから、見せてほしいということだ。
もちろん断る理由なんてない。

今度、些細なことでも君と話してみたい。

これからも四季折々の生活を紡いでいくんだ。
その景色を額縁の中に残すように、少しずつキリトリできたら良い。

みんな穏やかに過ごしていければ良いな。