(ゆうside)

「え、一人で行くの?」

僕は<おやつタイム>の彼らの顔を交互に見ながら言った。

だって、みんな部活があるもの。
ナギサはさも当然という風に胸を張って答えた。

「お前が行くのがいいんだよ」

彼女はそう言って、僕に花束を押し付ける。
……春ちゃんにはお前がお似合いなんだから、という彼女の言葉は聞こえなかった。

みんなとは商店街の花屋の前で分かれる。

これでも、春ちゃんに会いに行く口実になるか。
皆でお金を出し合って買った花束を片手に、病院へ歩いて行った。

病院のロビーで受付を済ませた。

でも、エレベーターはなかなか来なかった。
それでも僕は気長にのんびりと待っていた。

どんな話をしようか……。
怪我の調子はどうだろうか、学校の近況を報告しようか、先ほど見た猫の話をしようか。

緊張して勝手に喉が渇いてくる。


彼女の病室に入った。
しかし、誰一人として居ない上に、おまけに車椅子は置いてある。
人気のない不思議な光景だった。

しばらく首をかしげて考えていた。
……そんなこと、おきてはいけない。

冷たいものが背筋を通り抜けていった。

反射的に走り出す。
花束をその場に落としてしまったのはまったく気に留めなかった。

近くに居たナースが病院内では走らないで!と言っていたけど気に留めなかった。

なぜ僕が彼女の行動について気づいたのかはわからない。
それは直感としか言えなかった。

 ・・・

屋上へ続くドアが開いている……。
見覚えのある少女が視界の先に立っていた。

「春ちゃん!」

僕は彼女に向けて精一杯叫んだ。

春の女の子はフェンスを背に振り返った。
その表情は硬く、氷のように冷たかった。

「……君、なんでここにいるの? 帰ってくれないかな」

良かった、なんとか胸をなでおろす。
でも、ふたりの間には緊張の風が吹いていた。

冷たい風が彼女の髪を揺らしている。

「駄目だよ。
わたしは誰にも会わない、家族と一緒に過ごすんだ」

おやつ食べられて嬉しかったよ、と彼女が告げる。

僕は思わず駆け出し、春ちゃんの手首を掴んだ。
彼女の手首は思っていた以上に細く、血の気を感じられなかった。

僕の口は勝手に動いていた。

「そんなんじゃ駄目だよ!
みんなに会いたくないなんて、悲しいことを言わないで」

「わたしの願いを、叶えなきゃいけないんだ!」

……その瞳にはうっすら煌めくものがあった。
彼女はすぐに振りほどそうとするが、さすがに男子の握力が勝った。

そのまま一瞬の隙を付き -こないだ柔道の授業でやったからできたけど-
彼女の足を払い、屋上にたたきつけた。

はじめて彼女の反抗を見た気がする。
離してよ、と叫びながら暴れだしてしまった。

だから、彼女を押さえつけるように乗っかる格好になるのは仕方なかった。

こういう時、なんて言葉をかければ良いのだろう、
分からないから思いのまま口にした。

「君が居ない世界なんて、写真に撮りたくないよ」

その言葉が通じたかどうか、彼女は力尽きたように動かなかった。
いつの間にか涙がこぼれていた……。

 ・・・

僕たちはその場で大の字になって、横になっていた。
瞳はきれいな夕焼け空を見つめている。

真っ赤な空が不思議と生きている、と感じさせた……。

春の女の子はすでに泣き止んでいた。
僕にしか聞こえないような声で、小さく呟く。

「ありがとう……」

そういえば、
騒ぎの中でいつしか手を繋ぎ合っていた。

彼女は温かく小さな手をそのまま離さず、握り返してくる。

……その結び方はたしか恋人つなぎというのだっけ。
最後まで気づかなかった。