(春音side)

わたしは毎日のことながら病院のベッドの上で外を眺めている。
今日は朝から大ぶりの雨が窓を濡らしていた。

夏のお姉さんとケンカしてから、何日経ったんだっけ。

彼女の家族が運転していた車がこちらの車に衝突した。
夏の暑さが春の陽気を奪っていくように、すべて失ってしまった。
結局わたしは親戚中を転々とすることになった。

わたしは両親のことを思い出していた。

 ・・・

お誕生日のプレゼントだよ、って裁縫してくれたワンピースはわたしの一番お気に入りの洋服だった。
晴れた春の日、わたしはお母さんとお買い物をしていた。
手をつないでわたしに声をかけたんだ。

「陽気で気持ち良い日だから、回り道して帰りましょう」

すると白いツツジの花壇が見えてきた。
わたしは純白の世界に感動したのを覚えている。

お父さんは家でも仕事している人だったから、どちらかと言えば近寄りがたい印象だった。

「仕事が落ち着いたら海に行こう」

わたしは一瞬でお父さんが好きになった。
絶対に行こうね、その場で硬い指切りをしたんだ。

 ・・・

絶対に行こうね、か……。
わたしはお父さんと交わした言葉を改めて口にしてみた。

約束なんてしなければ良かったのだろうか。
雷が鳴っていても、海で駄々をこねたわたしのせいだろうか。
……いくら考えても。
慕情の想いは自分に残酷だという結末しか与えなかった。

頭の中に、あの日の雷鳴が響いている。

わたしは何だか疲れてきた。
後から思うと、何がどうなっても良かったんだろうな。
すべてのものを失ってでも。
クラスメイトのみんなにサヨナラを言うことになっても。

叶えたいものを見つけたんだよ。

「お母さんに会いたい」

わたしはポツリと呟いた。
それは、何よりも叶えたい、たったひとつの願い……。

このベッドからはきれいな花壇は見つけられないけれど。
夢の中で、きれいな花の咲くところで過ごしたいな。

わたしは流れている一筋の涙を気に留めることはなかった。

 ・・・

わたしは足を引きずりながら屋上にたどり着いた。

ドアを開けるといつの間にか雨は止んでいた。
夕方の冷たい風が髪を撫でる。

縁から手を放して少し歩いてみと、片足だけで何とか立つことができた。
ありがとう、わたしの身体はここまで治ったんだね。

目の前いっぱいに広がる空。
マンダリンみたいな少し赤みを帯びた色だった。

空気を胸いっぱいに溜め込む。


……わたしはこの景色を最後にするんだ。


さあ、永遠の春を過ごそう。

 ・・・