(春音side)
わたしは電話を切った。
看護師さんに車椅子を押してもらって病室へ向かう。
「どこへ電話してたのでしょうか。
楽しそうでしたよ」
「秘密です」
彼女が問いかけてきても、わたしは秘密としか答えられません。
だって自分の好きな場所なのだから。
喫茶店は今日もやっていて嬉しかった、退院したらまた行けるといいな。
艶のあるロングヘアー。
形の良い唇。
指輪がない細い指先。
夏のお姉さんはどれをとっても素敵な人だと思う。
でも、私がかけた一本の電話がわたしたちの関係を結びつけるとは思わなかった。
・・・
それからしばらく経った日。
今日の病室はなんだか肌寒い日だった。
午後になると、夏のお姉さんがお見舞いに来てくれた。
今日はお店の定休日だからだろう。
彼女はよほど慌てていたのか、病室のドアの前で膝に手をついて肩で息を切るように息をしていました。
「春ちゃん、大丈夫?」
わたしは少しはにかんだように大丈夫だと答えた。
彼女は力が抜けたように、その場にへなへなと座り込んだ。
まるでこちらが心配しちゃう。
お姉さんはお土産に紅茶を持ってきてくれた。
それは高級なお店で買ってきてくれたもので、果実を思わせるような不思議で甘い香りがする。
「君の好きそうな香りを選んだのですよ。
これなら気分も落ち着きますね」
彼女は近くの丸椅子に腰かけた。
温かい紅茶の香りが、そばに居る人物が私の心を落ち着かせてくれる。
そういえば、彼女の仕事着以外の服装を見るのははじめてだった。
白いカーディガンを中に着込んだ、淡い水色のジャケットの組み合わせ。
なんとまあ、お洒落だった。
いつものように色んな話をした。
取るに足らないようなものまで話題はどんどん流れていった。
久しぶりに感じるのは、どれもが楽しくて宝物のようだった。
キリトリして残しておきたいって思わせるんだ。
お姉さんが、あの質問をしてくるまでは……。
彼女もどう聞けば良いか不安だから。
できる限り、さり気なく尋ねるしかなかったのでしょう。
「あのう……。
家族とかお見舞いに来てくれているのですか」
「あ……」
わたしは一瞬真顔になって。
顔を窓の外に向けると、切なさをまとう表情が窓ガラスに映る。
……いつかは訊かれると思っていたんだ。
「わたし、数年前に事故で家族を失いました……。
ずっと一人で暮らしてるんです」
わたしは仕方なく、自分の真実を話してしまった。
お姉さんはわたしのほうにに腕を伸ばしてくれて。
ベッドの上に寄り添うよう、抱きしめてくれた……。
「よく頑張ったね」
彼女の温かな鼓動が、優しさが、わたしに伝わってきたような気がした。
それはこないだ見た真っ白な夢の中のように。
「私で良ければ、相談に乗るからね」
「……うん、ありがとう」
わたしは瞼に暖かいものを感じた。
彼女が淹れてきた紅茶は<オータムナル>のブレンドでした。
秋の気候によって甘い香りが凝縮されるのだそう。
円熟した深いコクとほっこりした甘みは、まるでお姉さんの優しさを表しているみたいだった。
・・・
でも、しばらくしてから彼女は身体を離してしまいました。
なにがあったのだろう。
そのまま表情を覗いていると、お姉さんは青ざめていました。
震えながら、まるでうわ言のように口を開いた。
「もしかして、春ちゃんの事故ってさ……。
海の近くの交差点だったりしないよね。
そう、初夏の一日」
その通りだから、わたしは静かに頷いた。
お姉さんは崩した表情のまま、その場にうなだれてしまいました……。
「……私の家族が、運転してたの」
お姉さんの言葉はバラードのように流れていて。
その中に残った、たったひとつの言葉が。
音が反響するようにわたしの頭の中に残された……。
一瞬の偶然こそが、わたしたちをつなぐ命のリボン。
ごめんなさいという彼女の謝罪は頭の中で拒絶してしまう。
瞼に溜まったものは、冷たい涙となってわたしの頬を流れていく。
……わたしははじめて人に怒りを表した。
「もう帰ってよ!」
そう叫んだわたしは枕を投げつけてしまった。
わたしは電話を切った。
看護師さんに車椅子を押してもらって病室へ向かう。
「どこへ電話してたのでしょうか。
楽しそうでしたよ」
「秘密です」
彼女が問いかけてきても、わたしは秘密としか答えられません。
だって自分の好きな場所なのだから。
喫茶店は今日もやっていて嬉しかった、退院したらまた行けるといいな。
艶のあるロングヘアー。
形の良い唇。
指輪がない細い指先。
夏のお姉さんはどれをとっても素敵な人だと思う。
でも、私がかけた一本の電話がわたしたちの関係を結びつけるとは思わなかった。
・・・
それからしばらく経った日。
今日の病室はなんだか肌寒い日だった。
午後になると、夏のお姉さんがお見舞いに来てくれた。
今日はお店の定休日だからだろう。
彼女はよほど慌てていたのか、病室のドアの前で膝に手をついて肩で息を切るように息をしていました。
「春ちゃん、大丈夫?」
わたしは少しはにかんだように大丈夫だと答えた。
彼女は力が抜けたように、その場にへなへなと座り込んだ。
まるでこちらが心配しちゃう。
お姉さんはお土産に紅茶を持ってきてくれた。
それは高級なお店で買ってきてくれたもので、果実を思わせるような不思議で甘い香りがする。
「君の好きそうな香りを選んだのですよ。
これなら気分も落ち着きますね」
彼女は近くの丸椅子に腰かけた。
温かい紅茶の香りが、そばに居る人物が私の心を落ち着かせてくれる。
そういえば、彼女の仕事着以外の服装を見るのははじめてだった。
白いカーディガンを中に着込んだ、淡い水色のジャケットの組み合わせ。
なんとまあ、お洒落だった。
いつものように色んな話をした。
取るに足らないようなものまで話題はどんどん流れていった。
久しぶりに感じるのは、どれもが楽しくて宝物のようだった。
キリトリして残しておきたいって思わせるんだ。
お姉さんが、あの質問をしてくるまでは……。
彼女もどう聞けば良いか不安だから。
できる限り、さり気なく尋ねるしかなかったのでしょう。
「あのう……。
家族とかお見舞いに来てくれているのですか」
「あ……」
わたしは一瞬真顔になって。
顔を窓の外に向けると、切なさをまとう表情が窓ガラスに映る。
……いつかは訊かれると思っていたんだ。
「わたし、数年前に事故で家族を失いました……。
ずっと一人で暮らしてるんです」
わたしは仕方なく、自分の真実を話してしまった。
お姉さんはわたしのほうにに腕を伸ばしてくれて。
ベッドの上に寄り添うよう、抱きしめてくれた……。
「よく頑張ったね」
彼女の温かな鼓動が、優しさが、わたしに伝わってきたような気がした。
それはこないだ見た真っ白な夢の中のように。
「私で良ければ、相談に乗るからね」
「……うん、ありがとう」
わたしは瞼に暖かいものを感じた。
彼女が淹れてきた紅茶は<オータムナル>のブレンドでした。
秋の気候によって甘い香りが凝縮されるのだそう。
円熟した深いコクとほっこりした甘みは、まるでお姉さんの優しさを表しているみたいだった。
・・・
でも、しばらくしてから彼女は身体を離してしまいました。
なにがあったのだろう。
そのまま表情を覗いていると、お姉さんは青ざめていました。
震えながら、まるでうわ言のように口を開いた。
「もしかして、春ちゃんの事故ってさ……。
海の近くの交差点だったりしないよね。
そう、初夏の一日」
その通りだから、わたしは静かに頷いた。
お姉さんは崩した表情のまま、その場にうなだれてしまいました……。
「……私の家族が、運転してたの」
お姉さんの言葉はバラードのように流れていて。
その中に残った、たったひとつの言葉が。
音が反響するようにわたしの頭の中に残された……。
一瞬の偶然こそが、わたしたちをつなぐ命のリボン。
ごめんなさいという彼女の謝罪は頭の中で拒絶してしまう。
瞼に溜まったものは、冷たい涙となってわたしの頬を流れていく。
……わたしははじめて人に怒りを表した。
「もう帰ってよ!」
そう叫んだわたしは枕を投げつけてしまった。