(ゆうside)

ある日の昼下がり、僕は校門を抜けて外に出た。
面倒くさいことが解消されて、ちょうど肩の荷が下りたところだった。

「こんにちは」

僕はある声に呼び掛けられた。
視界の外から声をかけられて、振り返ったところに春の女の子が居た。

彼女はいかにも不思議そうな視線を僕に向けている。

「今日はどうしたの……?」

「教科書忘れちゃって、宿題が進まなくてさ」

そっか、と彼女はすぐに納得してくれた。
今日は土曜日なのだけど、僕は仕方なく学校に出掛けていたわけだ。

 ・・・

歩きながらふたり話していた。

本当はすぐに帰ろうとしたけれど、春の女の子と一緒に歩くことになってしまった。
特に悪い気はしないので、しばらく付き合おう。
どうやら散歩の最中のようだった。

彼女はこの辺りに住んでいる。
タイミングさえ合えばこうして出会えるわけだ。

「宿題と言えばさ、数学の問題集多くなかった?
夏休みの」

「そうだね」

ふたりの間にも、<おやつタイム>の間にも。
特に決まった話題があるわけではないのがお決まりで、ただの雑談のようなものだ。
それでも話しているのは楽しい。

だいぶ僕たちのグループにクラスに、慣れてきた証拠のように思えた。

でも、それだけではない気がするんだ。
はじめて出会った日も。
彼女の家に訪れた日も。
なんだか、彼女が持つ柔らかい雰囲気を僕は気に入っている。

白いカットソーに黒のスカートというシンプルな服装は実に似合っている気がした。
まるで、青い空に映える雲のような感じがした。
今日は雲ひとつない晴天で、日差しが痛いくらいに暑かった。

僕たちは<フレンドリィ マート>の軒先に入って少し休むことにした。

前に見たような野鳥も一切飛んでいない。
静かな空間には蝉時雨しか聞こえてこなかった。

「今日って全然風吹かないよね」

「そうだねえ……」

そう言いながら、春の女の子は僕の乗っていた自転車に目を向けた。

 ・・・

僕は自転車を慎重に漕ぎだした。

「行くよ、掴まっててね」

自転車の背中には春の女の子が座っている。
彼女が僕の両肩に手を置くのを待ってからペダルを漕ぎだした。

今日は休日で人通りは少ないから自転車を二人乗りしても誰にも注意されないだろう。

「どう、気持ちいいかな」

僕は自転車の背中越しに声をかけた。

「うーん、まだ風を感じないなあ」

赤信号になってしまったので、自転車を止めてしまった。
仕方ないからコンビニまで引き返して終わりにしようか……。

そう思った瞬間、あることを思いついた。

「ねえ、ひとついい方法があるよ」

僕は必死に自転車を漕ぎだした。
春ちゃんを落とさないように慎重に、でもできるだけスピードを出しておきたかった。
その勢いのままコンビニの角を左方向に曲がる。

風を求めて……、自転車は坂道を下っていった。

「うわぁ! 気持ちいいよ~」

彼女も納得したような、上機嫌の声を出していた。

そのままスピードを落とすことなく商店街に入っていく。
誰にも注意されることなく滑走していった。

まるで、僕たちの周りに爽やかな空気をまとったような気がした。

春ちゃんは足を上げて喜んでいた。
彼女と楽しい出来事を共有している、その気持ちが僕の心を高揚させていく。

ふたりとも同じ気持ちだったら嬉しいのだけど。

 ・・・

やがて、坂道の終わりが見えてきた。
そこは十字路になっていて、脇から主婦が歩いているのに気づいた。
このままだと衝突しそうだった。

「あぶない!」

僕は咄嗟の判断で大きく弧を描くようにハンドルを切った。
交差点の中心でまるでドリフトをするように自転車は止まった。

「春ちゃん、大丈夫?」

僕は振り返りながら呼び掛けた。
彼女はいつの間にか僕の腰のあたりに抱き付いている。
その身体が小刻みに揺れていた。

「……怖かったあ」

彼女は顔を上げずに声を出していた。
そして、やがて割れんばかりの喜んだ表情をして顔を上げた。

「……でも、楽しかったよ」

その表情に安堵しながら、でもどこかときめいてしまった。
よいしょ、と彼女は自転車を降りて、膝に手をついて息を整えている。
うつむいている姿勢のせいで、なんというか、奥の方まで見えてしまっていた。

目のやり場に困った僕は慌てて横を向きながら答えた。

「喜んでくれたなら良かったよ」

……ねえ、と僕は呼び掛けられる。
彼女は身体を起こしてこちらに腕を伸ばしてきた。
白い服装の姿が青空に輝く入道雲のように映えていた。

「……ねえ、わたしのこと撮ってくれるかな。
クラスのみんなの分も」

今度文化祭でカメラマンやってほしい、という彼女の提案に僕は頷いた。

 ・・・