(ゆうside)

僕は学校の帰り道に、信号が変わるのを待っていた。

4月になって、温かい陽に祝福されたような気分になっている。
そう、僕たちは高校生になったのだ。
中学生の頃からの友人と別れて、僕はひとり写真を撮りながら帰っている。

「ゆう、写真楽しんできてね」

そう言われて、通学に使った道とは別の方向を目指して歩いてみたわけだ。
新しく歩く道はどんな風景写真が撮れるのだろうか。
信号がなかなか変わらなくても、何だか気にならない。

ふと、公園の方に目を向けてみた。
そこにはある少女がしゃがみ込んでいるのが目についた。

それは、<春の少女>だった。

 ・・・

興味を覚えた僕は、公園の方へ向けて歩いていく。
だれも居ない公園の片隅で、彼女はしゃがみ込んでいた。
邪魔にならない程度に、遠目から様子をうかがうことにした。

黒のブレザーと細かいチェックがある青いスカートは、同じ高校の制服だ。

彼女はうつむきながら白い花を撫でている。
うっすらと声が聞こえる。
まるで歌声のような、透き通ったような声だった。

「……かわいそうだね」

その声を聞いた僕は、カメラのピントが合ったようにくっきりと少女の姿を捉えた。
まるで、周りの草木がすべて風景となって少女が被写体と思わせるような……。
そんな錯覚を覚えてしまった。

彼女の憂いを帯びている感じに、なぜか見とれてしまった。
どうして。


……とてもきれいな光景だと思った。


半ば衝動的だった。
この景色を残しておきたいと素直に思ったから、彼女と花のツーショットをファインダーに捉えた。
まるで一目惚れともいうべき気持ちだった。

 ・・・

花を撫でていた少女はこちらを向いて顔を上げた。
少しのそよ風が彼女の髪を揺らしている。

写真を撮っていたのに気づく素振りは見られなかった。

目が合ったような気がした。
お邪魔したかな、と僕はその場を立ち去ろうとする。
歩いていく背中に声が降り注いだ。

「あの……、待ってください」

振り返った僕の目の前には、追いかけてきた彼女の姿があった。
並んで立つと、彼女の背が少し小さいのが分かる。
ライトグレーのキャスケットの下には、茶色を思わせるショートカットの髪に小さい目と鼻があった。

「えっと、僕になにか用かな」

写真について言及されたらなんて答えようか。
そんなことを考えながらつい立ち止まってしまう。

「……だって、同じクラスなんだから。
声のひとつだけでも、……かけてくれても、いいじゃないですか」

彼女はこちらを見ながら言った。
でも、恥ずかしさのあまり声がしぼんでしまっていた。
顔を真っ赤にして、うつむいてしまう。

そうなのか。
入学式とホームルーム程度では少し顔を合わせるだけだ。
そういう意味でも、全然顔を覚えられなかった。

「その、ごめん」

謝っておくのが正解だろう。
彼女は首を横に振って、怒ってないよと告げてくれた。
そして、小さな手のひらをこちらへ向けた。

「あの……、せめて握手しよう?」

僕は彼女の手を軽く握り返す。
手を離した後に、後ろで手を組んだ彼女は語りだした。

「わたしね、歩いてたら白いツツジを見つけたの。
でも、踏まれて潰されちゃってて……」

可哀想に思ったのだという。
とても優しい感性を持っている少女だった。

 ・・・

花は彩りのあるもの。
彼女はそう思っているのだ

「わたし、散歩しながら色んなものを見るのが好きなんだ。
花が咲くだけで風景が色づいてくるみたいな感じがするの」

君はどう思う?
こう尋ねられた僕も共感できるポイントだ。

彼女は少しほほ笑んだ。
その表情はまるで、まだあどけない中学生のようにも見える。
僕は手にしていたカメラを見せながら会話を引き継いだ。

「今の時期は色んな花が咲いてるよね。
写真の題材になると思うんだ」

「そうなんだ、写真撮るの好きなんだね」

ちゃんとカメラ持ってて立派だね。
そう話の歩調を合わせてくれた。

「わたしは花っていうと、花壇よりも地面で咲いているのが好きだなあ。
穏やかだけど、たくましく生きているんだ」

そう語る彼女の瞳はなんだか輝いているように見えた。

話していてなんだか楽しかった。
でも、話の腰が折れたのはそれからだ。

……なんて呼べばいいのだろうか。

僕たちは自己紹介してお互いに帰ることにした。

彼女は春音という名前だった。
春の柔らかさを感じさせる、素敵な響きだなって思った。
もしかして、彼女の好きな季節なのだろう。

 ・・・