(春音side)

わたしはパラソルの下で周りの景色を見ている。

波が作る動き、はしゃいでいる人たちが作る景色は飽きることなく楽しませてくれる。
そう、わたしは海に来ているのだ。

「お待たせ!」

わたしは呼び掛けられて振り返った。
雲ひとつない青空に、ふたりの女の子の姿が良く映えている。

わたしは立ち上がって、彼女たちのことを出迎えた。
そう、ナギサさんとアヤカさんだ。

夏休みは特にやることがないだろうと思っていた。
最後のホームルームを終えたところで、ナギサさんがこちらを見てにこにこしている。
泳げないのにというわたしの意見は水に流されて。
外に行って息抜きしようと、と強く押されてしまったわけだ。

あっという間に行く日と待ち合わせ時間を決められた。

今日は女の子だけの会だから、男子は誘っていない。
ごめんね。

「ふたりとも、水着よく似合っているよ」

決して社交辞令ではない言葉を口にした。

ナギサさんはなんと、赤かピンクの口紅みたいなビキニを着ている。
中心にスカーフみたいな大きなリボンが可愛かった。

アヤカさんは濃いグレーのワンピースデザインの水着にハーフパンツを履いている。
彼女らしくてクールだった。

ちなみに、わたしは白いカットソーとパレオみたいなスカート、深い青色のウインドブレーカーを着ている。
水着は高くて買えなかったんだ。

ふと、ふたりの格好を見た後に自分自身の小さい胸元を見ました……。


靴を脱いでくるぶしまで海に浸かってみる。

プールとはまた違った、少し温かみのある水がなんだか気持ち良かった。
蹴り上げる水が肌へ飛ぶ。
太陽の光に照らされて、きれいにきらめいていた。

そんなことを考えていると、頭にビーチボールが当たった。
慌ててよろけてしまうも、何とか転ばずにすんだ。
私服なんだから、濡らすわけにはいかない。

振り返ると、ナギサさんが笑いながらごめんと言っていた。

「春ちゃんごめん!
飛んでっちゃったー」

もう、やったなあ。
わたしも思いっきり投げて返した。

 ・・・

はしゃぎすぎてしまって、パラソルの下に戻ってきた。

「あ、パラソルの影が短くなったね」

わたしが言うと、ふたりも相づちを打ってくれた。
太陽は真上から降り注いでいて、いつの間にか正午になっていた。

「お昼なに食べようかー」

ナギサさんの提案に、わたしはつい首をかしげてしまう。
こういうところは何が売っているんだろう。

「こういうところは、屋台にあるようなものが売っているんだよ。
色々歩いてみるかな」

うん、楽しそうな気がするから行ってみよう。
アヤカさんは立ち上がろうとする私の手を取ってくれた。

「じゃあ行ってくるわ。
ナギサ、荷物見てもらう代わりに買ってきてあげるから」

「じゃあラーメン!」

「はいはい」

本当に好きだなあ、終業式の日も食べてきたらしいけど。
わたしたちは苦笑しながら歩いて行った。

 ・・・

海の家からは色んな種類の香りが漂ってくる。

わたしは食べ物ひとつひとつを興味津々に眺めていた。
その姿を見ながら、アヤカさんは声をかけた。

「色んなのあるでしょ。
君の好きなのはあるかな」

さすがにサンドイッチはないか。

「あ、でもかき氷食べようかな」

いいわよ、奢ってあげる。
そう言って彼女は財布の口を開けた。

パラソルに戻りながら、アヤカさんは話しかけてくれた。
まるで心配をする母親の言い方みたいだった。

「春ちゃん、ホントは嫌じゃなかった?
泳げないのに海に来るなんて」

わたしは首を振りながら答えた。

「……ううん、わたしは別に構わないよ。
そうじゃなかったら、夏休みの間引きこもるだけだもん」

「そう。
海行くのはナギサが言い出したけど、”春ちゃんも誘うんだ”って。
君は大人しいから、みんなで楽しもうって言ったの。
でもさ、泳げないからどんな顔をするか私は不安だった……」

そうだったんだ。
わたしなんかのために、こんなに考えてくれるなんて。
とても嬉しいなって思う。

「聞かなかったことにして、受け取ってね」

彼女は人差し指を口の前に当てて、<秘密>の合図をする。
わたしも頷いた。

 ・・・

一足早くご飯を食べたナギサさんが勢いよく立ち上がった。

「ようし、また泳いでくる」

彼女は元気いっぱいだ。
食べてすぐに動けるだろうか、でもなんだかうらやましいなって思ってしまった。
わたしはにこにこしながら彼女の背中姿を眺めていた。

事態が急変したのは、それからしばらく経ってからだった。

彼女の姿がおかしいような気がする。
彼女の泳法は学校のプールで見せてもらったんだ。
明らかに慌てている、すぐに溺れていると気づいた。

わたしは思わず、かき氷をその場にこぼして駆け出していった。
溺れるわたしの姿と重ね合わせた。
だから、助けたかったんだ。

「いやだ、そんなこと」

無心になってずんずん進んでいく。
膝の辺りまで水に浸かったあたりで、アヤカさんに後ろ手に引っ張られた。

「あなた、泳げないでしょう。
下がっていなさい」

すると、わたしの腕をつかんで浜辺まで無理矢理引っ張りだした。
その場に倒れ込むわたしを残して、彼女はそのまま助けに向かってしまった。

ふたりはほどなくして戻ってきた。
ナギサさんはどうやら足がつっただけのようでした。

わたしはその間波打ち際に立ち尽くしていた。

色んな考えが入り混じってしまう。
無事に済んだこと、何もできなかったこと……。

だから、良かったという二人に対して、余計な一言を口走ってしまった。

「……わたし、邪魔だったんだ」

そのまま靴を履いて駅の方へ歩いていった。

 ・・・

街道沿いにて、ふたりは走って追いかけてきた。

無視しようかと思っていると、左手に冷たいものが押し当てられる。
何かと思ったら、それは瓶入りのサイダーだった。
みんな同じものを持っている。

「ふたりとも怒っていないからね」

「……ううん、わたしこそごめんなさい」

わたしは不安と緊張が入り混じった顔で答えた。
許してくれるだろうか。

でも、そんな気持ちは、すぐに炭酸と共に弾けてしまった。

「ね、早く飲まないと」

そうだね、わたしは頷いて答えた。
みんなもにこにこしている。

サイダーがこぼれるのも気にせず、みんなで一斉に開けたんだ。