彩~清か色の日常、言葉のリボン

(詠夏side)

今日は喫茶店を臨時休業にして出掛けている。

ちなみに、お店は私一人しか勤めていないので自由に休みを設定できるわけだ。
とはいえ決して楽しい日なんかではありません……。

一年に一度の、特別な日。


電車のボックス席に座り、ぼんやりと外の景色を眺めていた。

片手に花束をもって電車に乗る姿は恋人に会いに行く人みたいだな。
浮かない顔をしていなければそんな感じだろう。
なんて、我ながらに思う。

私が会いに行くのは、やるせない思い出だ……。

 ・・・

私は古都の駅を降りた。

東京とは違って、少し雲が広がっていた。

駅前のロータリーも土産物街も、なんだか喧騒にしか感じられなかった。
車が行き交う音が、私の身震いを誘う。

少しイヤホンのボリュームを上げる。
不安がある時は音楽を聴いていないと外を歩けないんだ。

アリスブルーのテーラードジャケットは暑いかと思ったのに、不思議と寒く感じられた。

思い出に会いに行くのは怖いけれど、歩いていこう。

少し回り道して海を見たくなった。
川に掛かる橋からは海や砂浜を望むことができる。

海風にあおられて舞い上がる私の髪

少しずつ形を変えていく海が何だか面白かった。
この静けさはなんだか黄昏を連れてくるような……、そんな気分にさせてくれる。

そして目的地にたどり着く……。

その場所はただの十字路だけど、私にとっては大切なところだ。
交差点の電柱に花束を置く。

そう、ここは交通事故の現場。

 ・・・

当時こそニュースになったが、もうすでに世間には何の意味もなく忘れられていることでしょう……。

でも、私は10年近くこの習慣を繰り返している。
花束を置きたいんだ。

その場にしゃがみ込み、十分な時間をかけてお祈りをした。

……人波の中でお祈りする私はどんな感じに見えるのだろうか。

大切な出来事なんだ。

でも、早く済まして、ここから立ち去ってしまいたい……。
あの日の忌まわしい記憶が思い出される。

傷ついた少女が抱きしめられている姿……。
私は自分の記憶から消去することが出来ない。

この出来事が、思い出が幻影 –まぼろし- であれば良いのになあ。

 ・・・

振り返ったところで、こちらを見つめる少女がいるのに気づいた。
おさげ髪がわずかな風で揺れている。

彼女は中学生くらいだろうか、洋菓子店の前でしっかりと私の方に意識を向けていた。
エプロンを付けているところを見ると、手伝いの途中に出てきたのかもしれない。

「……あの!」

呼び止められた私は仕方なく足を止めてしまった。

「やっと会うことができました……。
毎年この時期になると花束が置かれているのが気になっていて」

私は無意識に溜めていた息を出して答えた。

「そうだよ、私が置いているんだよ」

彼女はわずかに喜んだような表情を見せていた。

「お姉さんは優しいだね。
でも、だいぶ昔のことなのに、どうしてこんなことをしてくれるの」

私は答えに詰まった。

事件自体はすでに終わっているけれど、私が置きたがっているんだ。
……その理由は誰にも話すことができない。

だから私は唇を微笑みの形に作り上げてこう言った。

「私が置きたいからだよ」


少女と別れて駅まで歩いていく。

晴天ではない、物憂げな初夏の空を見上げた。
涙が一筋溢れたのには気付かなかった……。

冷たい風は微かに雨の匂いが混ざっていた。

 ・・・

今日の夜は久しぶりにウイスキーを飲んだ。
琥珀色の液体が私の頬を赤く染めていく。

ふと思うことがある……。
あの相手の人は今頃何をしているでしょう。

生き残った娘さんはたぶん、あの少女くらいの年頃だろうか。
もし再び出会ったら、私はどんな顔をすれば良いのだろう。


君と出会った交差点に、立ち尽くすかもしれない。