彩~清か色の日常、言葉のリボン

(春音side)

わたしは時間がある時に散歩するようにしている。

今にも咲きそうな草木や通りかかった人の表情を見るのが。
商店街で流れている掛け声やラジオを聞くのが。
なんだか楽しくて。

商店街を歩きながら前の方に視線を向けると、こちらを見ている猫に気づいた。
交差点の十字路でごろんと横になっている。

かわいい。

撫でさせてくれるかな、そう思って近寄ったもののすぐに歩いて行ってしまった。
わたしは十字路まで駆けていった。
ここを曲がったのは覚えているけど、どこに行ったのだろうか。

左の方に目を向けた瞬間、塀の上を歩くしっぽが見えた。
猫を追いかけて歩いてみた。
わたしは猫ちゃんと並んで歩きながら問いかけてみる。

「どこへ行くの?」

猫は不機嫌そうな返事をしたと思ったら、急に飛び降りて近くの家に走ってしまった。
わたしはその場に立ち止まる……。

その家は可愛らしい喫茶店だった。

 ・・・

「こんなお店があるなんて知らなかった……」

わたしはその場に立ったまま、喫茶店の方を見つめていた。

爽やかな空色で彩られた外装は落ち着いたお洒落さがあって。
ドアの脇には雲と虹のデザインがされたプレートがかかっていた。
上品な可愛らしいお店でした。

「セプト……クルール?」

しばらくして、それがお店の名前だというのに思い当たった。

その時、ドアがカチャリと開いて中から人が出てきた。

「あら、いらっしゃいませ」

透き通った女性の声でした。
わたしは彼女の美しい姿にまるで一目惚れするように見とれてしまった……。

チリン、チリンと。
ドアの脇に備え付けられている風鈴が穏やかな風で揺れている。
美しいガラスの音は、まるで、鼓動のリズムの様に耳から離れなかった。

これが、運命の出会いだった……。

 ・・・

しばしの時間が経っただろうか。

その女性はドアの前に立って、揃えた右手を店内に向けている。
わたしは彼女の姿を見つめたまま動かなかった。

彼女は20代くらいでしょうか。
長い黒髪はみどりの葉のように艶やかで、透き通る白い肌がきれいだった。
アクセサリーの類は付けていないのにどうしてこんなに美しいのだろうか。

これが、わたしの一目惚れというやつか。

「……えっと」

やっと声が出てきたわたしは、緊張のあまり慌てて手を振った。
しどろもどろになりながら説明する。

「たしか、この辺で猫を見かけて……。
ここのお店に入ったみたいだから、気になっちゃって。
ただ、猫を探していて……」

お姉さんはふふふ、と笑いながら店舗の奥の方へ行ってしまった。
何をするのだろうか。
お店の奥を覗いて様子を伺っていると、なんと先ほどの猫を抱えて戻ってきた。

わたしが探していた猫ちゃんだった。
猫は両腕を抱えられている。
まるで、物干し竿に干されているみたいなポーズが可愛かった。

「この子もよろしくって言ってくれてるにゃー」

丸い頭とまんまるのお目目、やっぱり可愛い顔だなあ。
よしよし可愛い……。

と思ったらまさかの猫パンチ。
猫の右手がわたしの顔に押し付けられてしまったのだ。
可愛いねって撫でようとしたのにぃ。

良く分からない、コントみたいな事情でお店に招かれてしまった。
お店の洗面台で顔を洗ったわたしはカウンター席に通された。

喫茶店のお姉さんはごめんなさい、と言いながら眉毛を曲げていた。
メニューよりもおしぼりを差し出してくれる。

「わたしが急に近づいたからだと思いますよ」

その猫は隣の席で丸まって寝てしまった。
なんてことはないんだ、このお店のペットだったわけだ。

よしよし、良いお姉さんに飼われているんだね。

 ・・・

喫茶店の中を一通り見回して見る。

白い壁に木目調の床、テーブルやカウンター席はガラスの板が貼られている。
可愛らしさも上品さもある、美しい室内だった。
まるで落ち着くような空間。

部屋の隅には小さいながらもピアノが置かれている。
これは弾き語りとかやってくれたらお洒落だなって思ったりする。

店員さんはわたしの前に立ち、腰の前に手を置いて軽くお辞儀をしてくれた。

「カフェ<セプトクルール>へようこそ。
カラフルな場所にしようと思い、<虹の七色>を示すフランス語の名前にしています」

わたしも倣って頭を下げておいた。

「店内は静かなデザインですが、皆さまにくつろいで頂くためです」

白いブラウスと黒いパンツに群青色のエプロン姿が清潔そうだった。
彼女はアイスティーとチーズケーキを置いてくれる。

「私の猫、華 -ハナ- がご迷惑をおかけしました。
当店のおごりにさせて頂きますので、どうぞお召し上がりください」

わたしはうつむいてしまった。
でも、わたしは猫を探してここにたどり着いただけだから。
こんな展開になるとは思わなかったから。

ここまでサービスされてしまって、なんだか恐縮してしまう……。

だけども、断るのもいけないか。

アイスティーは透き通った朱色をしていて、とてもきれいだった。
何だか花や果実を思わせるような爽やかな風味が口の中に広がった。
チーズケーキは細長い形でミントの葉っぱが乗っていて、可愛かった。
ほのかな甘みが好きな味は手作りだそうだ。


これが、出会いの味……。


わたしの頬は知らぬ間に上がっていた。
笑顔になっていると気づいたのは彼女の問いかけだった。

「ふふ。笑顔が可愛らしいですね」

そんなことはない。
わたしの顔はいつだってうつむいている気がする。

「美味しいものを食べて、笑顔になってくれるお客様は私大好きですよ」

そう言ってもらえると何だか嬉しくなった。
そのおかげなのか、わたしはつい話し出していた。

「わたしって髪の毛がこんなに明るい茶色で……。
日差しだと金色に見えちゃうんだ。
猫ちゃんの色と似てるなって思って」

先ほど街角で見た猫の柄に共感を持ったので、追いかけてみたくなったわけだ。

「だから、わたし親近感を……」

それで話の風船はしぼんでしまった。
なんてことをわたしは言っているんだろう。

この人は<おやつタイム>のみんなでもないし、全くもってゆう君じゃない。
ここまで事情を話す義理はないだろう。


 ・・・

その後も、夕方になるまでたくさんの色んな話をした。

まるで、窓から差し込む西日が時間を気づかせてくれたような気がした。
それほどまでに話に夢中になっていたんだ。

喫茶店にはあまりお客さんが来なかったから、ふたりしてたくさんの話をした。
わたしの髪の色、こないだ踏まれていた白い花のこと。
マスターはわたしの話をひとつひとつ頷いてくれたんだ。
ずっとふたりで話しているのは心地よい時間だった。

さあ、家に帰らないと。
立ち上がるわたしに、彼女はお店の名刺を渡してくれた。
そこには<カフェ・セプトクルール>の名前と、詠夏というマスターの名前が書いてあった。
わたしも倣って自己紹介をしておいた。

彼女は玄関のドアを開けたので、外の空気が一気に流れてくる。
わたしに彼女が声をかけてくれた。

「白いツツジの花言葉って知ってるかしら? たしか……」

お店を後にした。
とても素敵な時間だったな、また行こう。
そして、この間公園で話した、君のことを思い出す。

ツツジの花言葉 -初恋- の意味はわたしにもいつか分かるかな……。