(春音side)
わたしは学校の帰りに駅前の本屋に行った。
文房具も一通り揃えられていてボールペンひとつとってもたくさんの種類があった。
カラフルなペンが並んでいる彩りは、行くたびに楽しませてくれる。
レポート用紙と緑色のペンを持ってレジに向かっていると、アヤカさんを見つけた。
声を掛けようと思ったけど、出しかけた声をすぼめてしまった。
彼女は美術系の参考書を何冊も眺めていたのだから。
「すごいなあ」
彼女は美術部に入っている。
それは、やりたいことを見つけているといっても良いと思う。
とても羨ましいことだった。
わたしは、何を夢見ていたんだっけ……。
・・・
次の日、帰るタイミングがナギサさんと一緒になった。
<フレンドリィ マート>に行く彼女に付き合って歩いている。
「ナギサさんって、やりたいことってないんですか」
彼女は前を向きながら答えてくれた。
「やりたいことかあ。
新作のお菓子とアニメをチェックすることかな」
うーん、予想と違った答えが返ってきた。
コンビニのドアをくぐりながら、昨日の出来事を話してみせた。
エアコンの空気が焼き立てのパンの匂いを運んでくる。
そちらに気を取られたわたしに対して、ナギサさんは先を進んでしまう。
「アヤカはできるやつだからなあ。
勉強はできるし、中学生の頃からやりたい道に進んでいるんだ。
ちょっと羨ましく思うんだ」
本人には秘密だよ、と言いかけた彼女は思わぬ相手に驚いていた。
ん? 何があったんだろう。
ナギサさんの方に進んでいると、なんとアヤカさんが居たのでした。
彼女は腰に両手を置いて見下ろしている。
ナギサさんは土下座しそうなくらいに腰をかがめていたのでした。
「どうも、とてもできる人です」
・・・
みんなしてフードスペースに座った。
だけども、気まずくて会話をする気になれない。
「なんであんたがココにいるのよ……?
先に帰ったじゃない」
ナギサさんが唇を尖らせながら聞くと、アヤカさんがお茶を飲みながら事情を明かしてくれた。
わたしも紅茶を一口飲んだ。
「喉が渇いただけよ、暑いからね。
春ちゃん、昨日の私のことでしょ? 部活の調べものをしてただけだよ」
参考に色々調べていたそうだ。
「私は美術部だから、そりゃ美術の世界に居るようなもの。
今やりたいから、やってみる、それだけだよ。
筆を折りたくなったら折るし、また手にするかもしれないわね」
今後どうするかは決めてないよ、とアヤカさんは言ってくれた。
ナギサもね、と彼女は目配せをする。
「私は身体を動かすのが好きなだけ、なんだよ」
そんなものかなあ。
わたしはナギサさんがオリンピックで活躍するところを想像していたんだ。
君がくれたドラマにテレビの前で乾杯したかったな。
「そっか、春ちゃんは部活に入らなかったね。
そういえば、ゆうって写真好きなのに、なんで写真部に入らないのかしら」
「ホントだよね、笑っちゃうわ」
なんだか、女子ふたりで盛り上がっている
ナギサさんがこちらを見て語りかけてくれた。
「春ちゃん、まだ気にしなくていいんだよ。
だって、私たち、まだ高校一年生じゃない」
……はじまったばかりなんだよ。
そっか、その言葉に納得したような気がする。
家に帰ったわたしは鍋の中で踊るお湯をぼんやり見つめていた。
今日の晩ごはんはスパゲッティにしようと思っている。
「やりたいことかあ」
考えてこんでいるうちに、お湯はいつの間にか沸騰していた。
お湯はわたしの頬にパチンと跳ねる。
慌てて塩と麺を鍋に入れる。
ぼんやりするところも、慌てるところも、自分の欠点のように思えてしまう。
いつか、見つけられるだろうか。
・・・
ある休みの日、わたしは本棚からミシンを引っ張り出してきた。
少し被っている埃を払い落しながらも、まだまだ使えそうで安心した。
これからワンピースを作ろうと思っているんだ。
布地は商店街にあるお店で買ったもの。
とっても肌触りが良くて軽い。
純白という表現がぴったりくるような、白い麻の素材。
「なんて美しいんだろう……」
型紙に合わせて裁ちばさみで切っていく。
……本当にできるのだろうか、不安だけどもう後戻りはできないなあ。
分かれたパーツを待ち針とミシンで縫い合わせていく。
……少しずつ形になっていくんだ、なんだか楽しくなってきた。
さっそく着込んでみた。
……でも、なんだか太く見えるような気がする。
ふと、足元に散らばっている切れ端が目についた。
どれも細長くてベルトのように見える。
……まさか、君たちも使って欲しいの?
ようし、じゃあ腰に付けてみよう。
その切れ端の形を整えて腰に巻きつけてみた。
後ろ側でリボンを作って、ベルトのように調節できるようにしてみよう。
その残りを垂らしてみることにした。
「なんだかしっぽみたいだね」
改めて着てみると、可愛く仕上がっている。
姿見の前に立ってみた。
ワンピースと一緒に自分のこの上ない微笑みが映っている。
そうか、その時わたしは気づいたんだ。
自分のやりたいことって、みんなで日々を過ごすことなんだって。
みんなでお話して、みんなでおやつを食べて。
それだけで楽しいだと思うんだ。
つい気分が良くなって、バレリーナの様にターンをしてみせた。
ワンピースの裾がふわりと舞い上がった。
でも、ある一点に目が止まり動きを止めてしまう。
ここまで肩を出した服は着ないから、気に留めなかったんだ。
左腕の、昔の傷痕。
……この痕は消えないのかなあ。
わたしは学校の帰りに駅前の本屋に行った。
文房具も一通り揃えられていてボールペンひとつとってもたくさんの種類があった。
カラフルなペンが並んでいる彩りは、行くたびに楽しませてくれる。
レポート用紙と緑色のペンを持ってレジに向かっていると、アヤカさんを見つけた。
声を掛けようと思ったけど、出しかけた声をすぼめてしまった。
彼女は美術系の参考書を何冊も眺めていたのだから。
「すごいなあ」
彼女は美術部に入っている。
それは、やりたいことを見つけているといっても良いと思う。
とても羨ましいことだった。
わたしは、何を夢見ていたんだっけ……。
・・・
次の日、帰るタイミングがナギサさんと一緒になった。
<フレンドリィ マート>に行く彼女に付き合って歩いている。
「ナギサさんって、やりたいことってないんですか」
彼女は前を向きながら答えてくれた。
「やりたいことかあ。
新作のお菓子とアニメをチェックすることかな」
うーん、予想と違った答えが返ってきた。
コンビニのドアをくぐりながら、昨日の出来事を話してみせた。
エアコンの空気が焼き立てのパンの匂いを運んでくる。
そちらに気を取られたわたしに対して、ナギサさんは先を進んでしまう。
「アヤカはできるやつだからなあ。
勉強はできるし、中学生の頃からやりたい道に進んでいるんだ。
ちょっと羨ましく思うんだ」
本人には秘密だよ、と言いかけた彼女は思わぬ相手に驚いていた。
ん? 何があったんだろう。
ナギサさんの方に進んでいると、なんとアヤカさんが居たのでした。
彼女は腰に両手を置いて見下ろしている。
ナギサさんは土下座しそうなくらいに腰をかがめていたのでした。
「どうも、とてもできる人です」
・・・
みんなしてフードスペースに座った。
だけども、気まずくて会話をする気になれない。
「なんであんたがココにいるのよ……?
先に帰ったじゃない」
ナギサさんが唇を尖らせながら聞くと、アヤカさんがお茶を飲みながら事情を明かしてくれた。
わたしも紅茶を一口飲んだ。
「喉が渇いただけよ、暑いからね。
春ちゃん、昨日の私のことでしょ? 部活の調べものをしてただけだよ」
参考に色々調べていたそうだ。
「私は美術部だから、そりゃ美術の世界に居るようなもの。
今やりたいから、やってみる、それだけだよ。
筆を折りたくなったら折るし、また手にするかもしれないわね」
今後どうするかは決めてないよ、とアヤカさんは言ってくれた。
ナギサもね、と彼女は目配せをする。
「私は身体を動かすのが好きなだけ、なんだよ」
そんなものかなあ。
わたしはナギサさんがオリンピックで活躍するところを想像していたんだ。
君がくれたドラマにテレビの前で乾杯したかったな。
「そっか、春ちゃんは部活に入らなかったね。
そういえば、ゆうって写真好きなのに、なんで写真部に入らないのかしら」
「ホントだよね、笑っちゃうわ」
なんだか、女子ふたりで盛り上がっている
ナギサさんがこちらを見て語りかけてくれた。
「春ちゃん、まだ気にしなくていいんだよ。
だって、私たち、まだ高校一年生じゃない」
……はじまったばかりなんだよ。
そっか、その言葉に納得したような気がする。
家に帰ったわたしは鍋の中で踊るお湯をぼんやり見つめていた。
今日の晩ごはんはスパゲッティにしようと思っている。
「やりたいことかあ」
考えてこんでいるうちに、お湯はいつの間にか沸騰していた。
お湯はわたしの頬にパチンと跳ねる。
慌てて塩と麺を鍋に入れる。
ぼんやりするところも、慌てるところも、自分の欠点のように思えてしまう。
いつか、見つけられるだろうか。
・・・
ある休みの日、わたしは本棚からミシンを引っ張り出してきた。
少し被っている埃を払い落しながらも、まだまだ使えそうで安心した。
これからワンピースを作ろうと思っているんだ。
布地は商店街にあるお店で買ったもの。
とっても肌触りが良くて軽い。
純白という表現がぴったりくるような、白い麻の素材。
「なんて美しいんだろう……」
型紙に合わせて裁ちばさみで切っていく。
……本当にできるのだろうか、不安だけどもう後戻りはできないなあ。
分かれたパーツを待ち針とミシンで縫い合わせていく。
……少しずつ形になっていくんだ、なんだか楽しくなってきた。
さっそく着込んでみた。
……でも、なんだか太く見えるような気がする。
ふと、足元に散らばっている切れ端が目についた。
どれも細長くてベルトのように見える。
……まさか、君たちも使って欲しいの?
ようし、じゃあ腰に付けてみよう。
その切れ端の形を整えて腰に巻きつけてみた。
後ろ側でリボンを作って、ベルトのように調節できるようにしてみよう。
その残りを垂らしてみることにした。
「なんだかしっぽみたいだね」
改めて着てみると、可愛く仕上がっている。
姿見の前に立ってみた。
ワンピースと一緒に自分のこの上ない微笑みが映っている。
そうか、その時わたしは気づいたんだ。
自分のやりたいことって、みんなで日々を過ごすことなんだって。
みんなでお話して、みんなでおやつを食べて。
それだけで楽しいだと思うんだ。
つい気分が良くなって、バレリーナの様にターンをしてみせた。
ワンピースの裾がふわりと舞い上がった。
でも、ある一点に目が止まり動きを止めてしまう。
ここまで肩を出した服は着ないから、気に留めなかったんだ。
左腕の、昔の傷痕。
……この痕は消えないのかなあ。