(ゆうside)

真っ赤な太陽と暑い日差し、空は雲ひとつない晴天だった。

日本晴れの空の下、高校のグラウンドの中心に立ったナギサが両手を空に向けて声を上げた。

「太陽が味方しているよ、さあやろう!」

<おやつタイム>のみんなもやる気をみなぎらせている。
僕はみんなの表情をカメラに収めてみた。

そう、今日は学校で華のあるイベントのひとつ、体育祭の日だ。
体操着に着替えハチマキをすると否応なしにもやる気が出てくるものだ。
皆で同じ優勝というゴールを目指すから、不思議なイベントだなって思う。

 ・・・

「わー、くるしい!」

ナギサが握りこぶしを作りながら苦い表情をしている。
隣に座るアヤカが彼女の肩に手を置いて落ち着かせている。

「まあまあ、落ち着きなさいよ」

「体育祭をやるからには、ちゃんと勝たないとだよね。
春ちゃんもそう思うでしょ?」

ナギサは一人焦っている。
近くでハチマキの形を整えていた春の女の子が答えた。

「え?
うん、そうだね……」

彼女の気持ちを考えたら無理はない気がした。
午前中の競技がすべて終わっている状況で接戦なのだ。
みんなに諭すように僕は声をかけた。

「まあまあ、みんな落ち着こう。
いいかい? 君一人だけ頑張るわけにはいかないのが体育祭だよ」

ナギサは仕方なく口を閉じた。

「このあと全員参加のリレーがあるじゃない。
ここで勝たないと優勝できない、だからここだけに集中するんだ」

そこにいる全員が静かに頷いた。

 ・・・

全員リレーの号砲がグラウンドに響いた。

第一走者はシュンだ。
全員で推薦しただけのことがある、完璧なスタートダッシュだった。
自信たっぷりの表情はまさしく彼らしいな、って思う。

しばらくしてアヤカの番になった。
足が遅いけれど追いつかれないでバトンを渡していていて、なんとか安心だ。
今まで一位をキープしている。

ナギサの番になった。
彼女も走るのがそこそこ早いから、さらにリードを広げられるだろう。
ナギサから春ちゃん、僕の順番にバトンが渡ってくる。

彼女たちは息の合ったようなバントパスを見せていた。
バトンが、彼女が僕の方に向かってくる……。

……あ。
なんと、僕の目の前で春ちゃんが転んでしまった。

「……早く」

早く起き上がって欲しい。
他のクラスの走者が迫っている。

春の女の子はゆっくりと膝を立てた。

なるほど、彼女の膝は大きく擦りむいている。
足を動かすのも痛そうにしている。

だから、早くバトンを繋げたいという意識なのか、自分の優しさなのか……。

僕は思わず、立ち上がろうとする彼女の手を掴んだ。
バトンではなくて、手が繋がってしまった。

彼女の小さな手を握り締める。
そこから温かい意思を感じることができた。

「バトンは落としてしまったけれど、僕たちはまだ繋がっている」

お互いに頷き合うと、彼女は足元のバトンを拾って改めて渡してくれた。

 ・・・

全員リレーが終わると、案の定ナギサのお叱りを受けた。

「なんで握手してるのよー!?
アイドルの握手会じゃあるまいし」

例えが良く分からないけれど、僕が悪いのは確かだろう。

彼女は腰に手を当ててまだ怒っている。
というか、拗ねている感情を僕に押し付けているようにも感じられた。

全員リレーで負けてしまったわけだ、とりあえず彼女に頭を下げておくことにした。

そこに春の女の子が戻ってきた。
手当てを受けていたようで、膝には大きめの絆創膏が貼られている。

「あ、あの……。
ゆう君を叱らないでください。
後は任せたって言ってくれたのに、わたしが悪いんだから」

ナギサの感情も少しは冷めたようで明るい声で返していた。

「良いの、良いの。
君は気にしちゃだめだよ、悪いのはコイツだから」

なんだか僕が一方的に悪者になっている。
というか、たぶん僕はからかわれているのだろう。

 ・・・

学校の帰り道に、みんなで打ち上げに行った。

<おやつタイム>の皆で行くのは中学生の頃からファミレスのドリンクバーが基本になっていた。
体育祭の日だけにある、特別な時間という訳だ。

「かんぱーい!」

お互いのグラスをコツンとぶつけても、春ちゃんの気分は晴れない感じだった。
よしよし、ナギサが彼女の肩をポンポンと叩く。

「優勝はできなかったんだけど、ちょっとした怪我で済んだからさ」

しかし、春ちゃんは首をゆっくり横に振った。

「わたし、みんなに何もできていなかったから。
それに……優勝は特にいらなかったんだよ」

どういうことだろう。
それは何を落ち込んでいるのだろうか。
春ちゃんが話を続けるのをみんなで待っていた。

「わたしは、この皆で体育祭をやり遂げたかった。
それを自分で無駄にしちゃったんだ、と思うと情けなくて」

……ほんと、自分ってだめだな。
なんと、一人で反省会をはじめてしまった。

やがて、彼女は顔を上げてここに居るみんなの顔を見た。

「みんなの想いが、全員リレーに表れた気がする。
わたし、このクラスでもやっていけそうだなってはじめて思えたんだ」

その満面の笑みは、クラスに馴染めていけそうなことを存分に示していた。
彼女の自信の表れだろう。

きっと、春の女の子はこれからも大丈夫だ。