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みんなが帰ったあと、あたしはスマホを見て溜息をついた。画面にはとある求人サイトのページに「応募完了」の文字が並んでいる。新しく社員を募集していた家電メーカーの営業に応募したのだ。
「辛気臭い顔してんな」
ハッと顔を上げると、柳田さんがしかめっ面であたしを見下ろしていた。あたしは慌ててスマホをエプロンのポケットにしまう。
「勤務中にすみません」
「別に。どうせ誰も来ないし、就活の許可出してるしな」
柳田さんはさらりと言った。
「……ありがとう、ございます」
「つーか、前から思ってたんだけど」
相変わらずしかめっ面の柳田さんが様子を伺うように言った。
「お前、なんでそんなに良い会社で働きたいんだ? しかも正社員で」
あたしは躊躇いがちに口を開いた。
「あたしを育ててくれたおばあちゃんに恩返しがしたいから……です。辛くても厳しくても、とにかくいい所に就職してお金を稼いでおばあちゃんに楽させてあげたい」
「…………楽?」
「はい。うちは両親が小さい頃に事故で亡くなって、あたしはおばあちゃんに育てられました。おばあちゃんはあたしを育てるのに苦労して、朝から晩まで働いて。子供ながらにずっと申し訳ないなって思ってて。だから、あたしが大人になったらお金をたくさん稼いで、おばあちゃんに恩返しがしたいってずっと思ってたんです」
「……それ」
柳田さんの鋭い三白眼があたしを真っ直ぐ射抜く。
「それ、ホントにお前のばあちゃんが望んでんのか?」
「え?」
「どこでもいいから良い会社に勤めて金稼いで自分に貢いでほしいって、ホントにばあちゃんが望んでることなのか?」
あたしはおばあちゃんの言葉を思い出す。
「おばあちゃんは……就職してお金を稼ぐより、あたしがやりたいことを見つけて楽しくしてくれた方が良いって言ってます。それがおばあちゃんにとっての幸せだって」
「へぇ、良かった。まともなばあちゃんで安心したわ」
柳田さんは元ヤン仕込みの鋭い睨みを効かせると、あたしに向かって怒るように言った。
「つーかお前、バカじゃねぇの?」
「は、はぁ!?」
「お前がやりたくもねぇ仕事で無理に稼いできた金で? ばあちゃんの好きなもの買ってやって? 旅行にでも連れてってやって? そんなんでホントに喜ぶと思ってんのか?」
あたしは言葉に詰まった。
「別に良い会社に就職しなくたって恩返しは出来る。お前、今まで受けた会社の中で本当にここで働きたいって思ったことないだろ? お前のそういう気持ち、面接官も見抜いてたんじゃねーの?」
「だって…!」
あたしは柳田さんの言葉を遮るように叫んだ。
「だって、他にどうすればいいか分からなかったの! 感謝の気持ちだけじゃとても足りない。お金以外で、どうやって恩返しすればいいっていうの……?」
「ばあちゃんが言ってんだろーが。お前がやりたい事見つけて楽しくしてりゃそれでいいって」
「でも、」
「考えてみろ。お前、もしばあちゃんが辛そうに働いた金でお前に好きな物買ってきたらどう思う?」
「嫌! そんな物いらないからすぐ仕事辞めさせる!!」
「だろ? それと一緒だよ」
「…………あ」
そっか、そういう事だったのか。恩返しの話をするとおばあちゃんが悲しい顔をする理由が、柳田さんに言われてようやく分かった。
「お前も無理して働いてるばあちゃんより、好きなことやって楽しそうにしてるばあちゃん見てる方が嬉しいだろ? ばあちゃんも同じなんだ。だからあんまり焦んな。お前はゆっくり、自分のしたいことを見つけていけばいいんだ。それが恩返しに繋がるんだから」
「あたしの……したいこと」
正直言って、自分が何をしたいのか全然まったくわからない。今まで考えたこともなかったから。
「分かりました。少し、考えてみます。自分のしたいこと」
「おー」
「話聞いてくれてありがとうございました」
「いや、俺も余計な口出ししてすまない。……あ、口出しついでにもう一つ言わせてもらってもいいか?」
「なんでしょう?」
「お前、ここで働いてる時は楽しそうに見えるぞ?」
「えっ?」
柳田さんは揶揄うように笑った。