「小町、なんだか最近楽しそうだねぇ」

 常連客と壮絶な某お菓子きのこ・たけのこ戦争を繰り広げて帰ってくると、おばあちゃんにそう言われた。

「楽しそう?」

 いや、確かに今日のバトルは白熱したけど。きのこ派の柳田さんと健太くんという強敵に、あたしと淳一くんと隆史くんと鳴海くんの四人でたけのこの魅力を思う存分語ってきたけど。もちろん二人に超反論されたけど。逆にきのこの美味しさを延々と語られたけど。結局決着はつかなかったけど、有意義な時間だったのは間違いない。

「ああ。なんだか表情が明るくなったよ」

 そうなのだろうか。自分じゃよく分からないけど……。

「きっと働いてる場所が良いんだねぇ。縁を結んでくれた神様に感謝だ」
「…………」

 あたしの頭には六角堂の近くの神社が思い浮かんだ。あそこの神様、本当に仕事してるの? いや、それより明日は某会社の面接だ。しっかり寝て備えないと。





 花森小町様

 拝啓
 先日は弊社の社員採用試験にご応募いただき誠にありがとうございました。
 慎重な選考の結果、今回は残念ながら採用を見送らせていただくことになりました。



 相変わらず就活の方はまったく成果が出ず、見慣れた不採用通知に枯れたはずの溜息をついた。どこの会社も似たり寄ったりの文章でつまらないなぁ、なんて心の中で無駄に文句を言って憂さ晴らしをする。あーあ。次に受けるとこ探さなきゃ。あたしは気持ちを切り替え、六角堂へと歩き出した。

「ちょっと銀行に行ってくる。留守番よろしく」
「わかりましたー」

 あたしはこの一月足らずで、柳田さんから留守を任されるほどの信頼を勝ち取った。キーボードを叩く音がしない店内はとても静かだ。小学生三人組が来るまでまだ時間があるし、在庫整理でもしておこうかと思っていると、建て付けの悪い扉が開いた。

「こんにちはー」
「鳴海くんいらっしゃい。今日来るの早いね」
「ああ、テストだったから」
「テストかぁ。お疲れさま」

 そういえば彼の通ってる高校は県内でも有名な進学校だった。毎日こんな所でゲームばかりしてて大丈夫なんだろうか。

「大丈夫。オレこれでも学年一位だから」
「っ!?」

 鳴海くんはあたしの心を読んだように答えを告げる。ていうか一位!? 進学校の一位!? 超頭良いんじゃんマジか。

「真尋くんは?」
「所用でちょっと出掛けてる。あたしは留守番」
「ふーん」

 鳴海くんはオレンジジュースを手に取ると、カウンターにピッタリ162円の小銭を置いた。そして壁際に置いてあるパイプ椅子を持ってくると、あたしの近くに座る。

「ねぇ、鳴海くんはいつからここに来てるの?」
「う〜ん。一年くらい前かな。学校サボって歩いてた時、たまたま見つけたんだよね。珍しいガチャポンがあったからじっと見てたんだ。そしたら真尋くんに声掛けられた」

 そういえばあたしと初めて会った時もガチャポンがどーのって言ってたな。どうやら鳴海くんはカプセルフィギュアを集めるのが好きらしい。

「俺、別に勉強とか興味ないんだけど親がうるさいから進学校に行ってて。適当に授業受けて休み時間はゲームして好きなように過ごしてた。でも、テストの結果が一位で。クラスで反感買っちゃったんだよね」
「え……それって、」
「ああ、別に虐められたりはしてないよ。嫌味言われたり陰で色々言われたりはするけど。みんなプライド高いからね。でもなんかもう色々面倒くさくなっちゃって。あの日、サボって偶然ここに着いたんだ」

 鳴海くんは買ったばかりのオレンジジュースを一口飲んだ。

「真尋くんはオレンジジュース奢ってくれて、俺の話を黙って聞いてくれた。……それがなんか心地良くて。帰り際、息抜きがてらにまた来ればって言ってくれて、それから通うようになったんだ」

 あたしも同じように柳田さんに話を聞いてもらったから、その気持ちはなんとなく分かった。

「真尋くんは見た目も口調も怖いけど、クラスの奴らみたいに俺のこと陰でヒソヒソ言わないから好きだ。家みたいに勉強がどうとか成績がどうとかもうるさくないし、俺の話もちゃんと聞いてくれるし。それに、ここはお菓子も美味いしゲームも出来るし友達もいるし、何より息が出来る(・・・・・)。だから俺は毎日ここに通ってるんだ。それに、今は小町ちゃんも居るしね」

 そう言って、いつもあまり表情を変えない鳴海くんがニコリと笑った。

「おーすニート女! 今日も来てやったぞー!」

 いつの間にか小学生達が来る時間になっていたようで、建て付けの悪い扉が勢い良く開いた。

「あたしの名前は花森小町だって言ってるでしょ。何回言ったら覚えんのよ生意気小学生!!」
「うっせぇ! たけのこ派は黙ってろ!」
「都合が悪くなるとすぐそれ。これだからきのこ派は」
「はぁ!?」

 きのこ派の健太くんとたけのこ派のあたしが睨み合っていると、柳田さんが帰って来た。

「お前らまたやってんのかよ」
「真尋! お前もきのこ派ならがつんと言ってやれ!」
「あ゛? カリッとした食感とチョコとのバランスが最高だろうが」
「食感だったらたけのこのしっとり感の方が美味しいでしょ! クッキーとチョコの溶け具合なんて神の領域」
「あ゛? きのこのカリカリの方が美味ぇだろーが」
「いやいやたけのこの方が、」

 この日、六角堂では再びきのこ・たけのこ戦争が巻き起こった。