言われた通り履歴書を持って六角堂に来てみたものの、正直めちゃくちゃ入りづらい。……どうしよう。昨日の話って本気だったのかな? 冗談だったらどうしよう。木製の枠にガラスがはめられた、建て付けの悪そうな扉をじっと睨み付けていると、突然その扉がガタガタと開いた。

「おい」
「ひっ!!?」
「さっきから何してんだよ。通報すんぞこの不審者」

 目の前には鋭い目付きの三白眼──柳田さんだ。あたしは錆びたブリキのおもちゃのようにギギギとぎこちない動きで口を開く。

「お、お、お、おは! おはようございます!」
「挨拶はいいからさっさと入れ。邪魔」

 じ、邪魔って……。この人は何かと言い方がキツイ。完全に逃げ場を失ってしまったあたしは、大人しく彼の後ろを付いて行った。

「履歴書は持って来たか?」
「あ、はい!」

 慌てて鞄から履歴書の入った封筒を取り出し、柳さんに渡す。柳田さんは受け取った封筒をチラリとも見ずにカウンターに放置した。って読まないんかい!! 一生懸命書いたのに!!

「お前正社員目指してるんだろ? いつでも辞められるようにしとくから。就活も自由にしていい」
「え? あ、ありがとうございます」

 もしやこれが面接なのだろうか。だとしたら随分と適当な面接である。

「次、軽く仕事の説明な。まぁ〜、ぶっちゃけここあんま客来ないんだわ」
「は?」
「学校帰りの小中学生とか暇なじーさんばーさんとか常連の奴らがふらっと来るくらいで。ま、来たらその辺に座らせて適当に話聞いとけばそれでいいから」
「……はぁ」
「それ以外はあんまり来ないからさ、まぁ気兼ねなくやってくれ」
「……はぁ」

 どうやら面接だけじゃなく経営まで適当だったらしい。こんなんで本当に大丈夫なのだろうか。早くも先行きが不安だ。

「あとはレジ打ちと品出しと在庫管理と……店先の掃除ぐらいか。まぁ今はとりあえず入口あたり適当に掃いといて。終わったらレジ打ち教えるから」
「は、はい!」

 柳田さんは黒いエプロンと竹箒をあたしに手渡す。

 どうやら彼は本当にあたしを雇ってくれるらしい。驚くほどトントンと話が進んでいく。それに……なんかこの人、雰囲気がちょっとアレなだけで、そんなに怖い人じゃないような……?

「なんだよ。なんか質問か?」

 あまりにも見過ぎたからだろうか。柳田さんがギッとあたしを睨んだ。

「い、いえ何もっ!! 掃除に行って来ます!!」

 そう言ってあたしは全速力で走り出す。……前言撤回。やっぱちょっと怖いわ。うん。





 掃除を終わらせ柳田さんにレジ打ちを教えてもらっていると、あっという間に午後になった。なんとその(かん)客足はゼロである。

 これは閑古鳥が鳴くどころの話じゃない。ほんとに大丈夫なんだろうかこのお店。あたし、ちゃんと給料払ってもらえるよね? タダ働きさせられるわけじゃないよね? ね? チラリと様子を伺うと、柳田さんはカウンターの奥でパソコンの四角い画面と向き合っていた。キーボードを叩くリズミカルな音が狭い室内に響く。

 ……そういえば柳田さんって一体何歳なんだろう。黒髪のかきあげ風ツーブロック、耳にシルバーのリングピアス。三白眼のつり目に華奢な身体。百八十センチはあるんじゃないかと思われる高い身長。ちょっとイケてるヤンキーお兄さんという見た目から察するに、二十代半ばぐらいだろうか。それにしてもあんな目付き悪い、ガラ悪い、愛想なしの三拍子が揃った人が客商売、しかも子ども向けの駄菓子屋をやってるなんて意外すぎる。こんなんで接客なんて出来るのだろうか。顔は整ってるのに……もったいない。

 暇過ぎて余計なことを考えていると、建て付けの悪い扉がガタガタと動いた。

「オイ真尋! 来てやったぞー!」
「ちーっす!」
「こんにちは!」

 どやどやと大きな声で入ってきたのは小学生ぐらいの元気な子供たちだった。本日初めてのお客様である。あたしは慌てて椅子から立ち上がった。

「いらっしゃいませ!」
「…………は?」

 口を大きく開けた三人の小学生とばっちり目が合う。

 彼らはメドューサの目を見て石化した人間のように、驚きの表情を浮かべたままピタリとその動きを止めた。