店の中にはたくさんの駄菓子が所狭しと並んでいた。スーパーやコンビニで見かける定番のスナック菓子やチョコ、合成着色料をたくさん使っていそうなカラフルなお菓子、使い道のよく分からないヘンテコなおもちゃ、アニメキャラクターのカードがオマケで入った風船ガム。子供たちが喜びそうなものばかりが揃っている。というか、あたしもちょっとテンションが上がった。
「おら」
さっきの男性から、瓶に入ったラムネを手渡された。真ん中のあたりがキュッとくびれ、取りたくても取れないビー玉が中に入っているという、昔ながらのラムネ瓶である。
「えっと、」
「早く受け取れ」
「……はい」
魔王のようなオーラとこの口調に、気弱なあたしは大人しく従うしかなかった。だって拒否したら怒られそうだし。
「あ、あの、お金……」
「いらねーよ。奢るっつったろーが」
「……はい」
財布を取ろうと伸ばした手は行き場をなくす。悲しい。
「座れば?」
男性は近くに置いてある長机と椅子を指差して言った。なんと。イートインスペース完備とは凄い。あたしが座るのを見届けると、彼も向かいの椅子に座って缶コーヒーを飲み始めた。
「…………」
「…………」
き、気まずい。何なんだ、何なんだ今のこの状況は!
ちょっと待って、一旦頭を整理しよう。ええと、就活帰りに迷子になって駄菓子屋覗いてたら男の人に声かけられてラムネを奢られ一緒に飲んでいる。……ダメだ。整理した所で意味なんてなかった。全然分かんない。
ていうか「うちの店」とか言ってたけど、この駄菓子屋ってあの人がやってるのかな。……え〜嘘でしょ。まったく想像出来ないんだけど。だって駄菓子屋って白い割烹着を着た優しそうなおばあちゃんとか、茶目っ気たっぷりの気さくなおじいちゃんとかがやってるイメージじゃん。それをあんな……。
チラリと様子を伺うと体中を突き刺すような鋭い眼光と視線が交わった。こっわ! なんかめっちゃ睨まれてるんだけどこっわ! 仮にも客商売の人間がこんな態度でいいわけ!? お客さんビビって来なくなるって絶対!! やっぱりなんかの間違いだよ!!
あたしを睨むその姿はただのヤンキーというか取り立て屋にしか見えなかった。不思議と彼の髪型が金髪リーゼントに見えてくる。あ、リーゼントはさすがにないか?
「……で?」
「え?」
「何があったんだよ」
「え?」
「人んちの店先で死にそうな顔されてたら困んだよ。客が寄り付かねぇだろ」
「す、すいません」
どうして初対面の人にこんな事言われなくちゃならないんだろうと心の中で思いつつ、とりあえず謝罪する。すると、彼は予想外の言葉を口にした。
「なんか悩んでんのか?」
「えっ!?」
「話してみれば? 誰かに話せばスッキリするかもしんねーじゃん」
「でも……」
「あー……あれだ。別に俺はお前の知り合いでもなんでもないし。赤の他人だから言える事だってあるだろ。変に気遣う必要もないしな」
彼はそう言って缶コーヒーを一口飲んだ。……まさかとは思うけど……。この人、あたしのこと心配してくれてる? う、嘘でしょ? こんなヤンキーみたいで愛想の欠片もない男の人が? ……もしかしてあれか? 学校一の不良が雨でびしょ濡れの捨て犬を拾う、みたいな? 実は心優しい少年でした、みたいな? 何そのギャップ。すごく良い。
「……あたし、大学卒業して二か月なんですけど」
意外な一面に気が緩んだのか、気付けば口を開いていた。我ながらチョロい。
「全然就職出来ないんですよね。在学中も頑張ってたんですけど、受けても受けても届くのは不採用通知ばかりで……卒業した今でも就活の真っ最中。友だちはみんなとっくに働いてるのにあたしだけまだスタートラインにも立ててない。今日だってご覧の通り面接の帰りなんです。あ、結果は察して下さいね。勤めてたバイト先も春に突然潰れてすっかり心折れちゃって……もうどうしたらいいか……」
「ああ、なんだ。つまり無職のニートなのか」
「オブラート! オブラートに包んでください傷付くから!!」
サラリ言われた言葉にあたしの繊細な豆腐メンタルサランラップハートが傷付いた。あたしは「はぁぁぁぁ〜」と腹の底から息を吐き出す。
「こんなに頑張ってるのにあたしは世の中を回す小さな小さな歯車の一部にすらなれないんですよ。あたしの役割って何なんでしょうね。あたしって生きてる意味あります?」
「……お前ちょっとあれだな。精神的に病んでんな」
「ハイハイ残念なメンヘラ女ですいませんね!!」
半ば叫ぶように言うと、彼は面倒くさそうに顔をしかめた。
「つーかお前、そんなに働きたいわけ?」
「働きたいっていうか働かなきゃ。奨学金だって払わなきゃいけないし、生活費だって。これ以上家族に迷惑かけるわけにはいかないんです。あたしが働いて家計を支えて、恩返ししなくちゃ」
「ふーん。じゃあ雇ってやるよ」
「…………は?」
今……なんて? あたしは自分の耳を疑った。目をまん丸く見開いたまま彼の綺麗な顔を見つめる。
「バイトだよバイト。就職決まるまでの間ここで働かせてやるっつってんの」
「は? え、こ、ここで?」
「あ゛? なんか文句あんのかよ?」
「……イ、イイエナニモ!」
こっわ!! この人絶対ヤンキーだって!! 目付きヤバイもんヤンキーだって!!
「俺は柳田真尋。駄菓子屋六角堂の店主だ。お前、名前は?」
「……花森……小町、です」
って何バカ正直に答えちゃってんのあたし!!
「花森小町ね、了解。とりあえず明日の九時に来い。動きやすい格好でな」
「ええっ!?」
「あ゛?」
鋭い眼孔でギロリと睨まれ、思わずヒッと息を呑む。だって瞳孔ヤバイんだもん。何あの睨み。組の人?
「んじゃ。履歴書忘れんなよ」
そう言い残すと、彼は店の奥へと姿を消した。瓶の中のラムネはいつの間にか炭酸が抜けていて、ただの甘い水へと変わってしまっていた。
……あたしがここで……働く? この駄菓子屋で? あのヤンキーみたいなお兄さんと? はあああああ!? 嘘でしょお!?
確かに、確かに次こそは就職出来ますようにって神社でお願いしたけどさ。……ここはちょっと違うんじゃないの、神様。