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あたしは先ほどスマホに届いたメッセージを読み返して、一つ深呼吸をする。建て付けの悪い扉を無理やり開け、いつも通り中に入った。
「おはようございます!」
朝からパソコンと向かい合っていた柳田さんが奥からひょっこりと顔を出す。おお、珍しく驚いた表情だ。
「あ゛? お前なんで居んの?」
「なんでって……仕事ですから」
「いや、今日休むって言ってなかった? 家電メーカーだかなんだかの会社の面接だったんじゃねーの?」
「ああ、それなら辞退しました。さっき向こうから了承のメールも来たので一安心です」
「は?」
あたしは戸惑い気味の柳田さんの前に立つと、彼の鋭い三白眼を真っ直ぐに見つめた。
「柳田さん」
「……なんだよ」
「あたしを正式にここで働かせてくれませんか?」
柳田さんの顔が驚きに満ちる。
「あたし、ここに来てから毎日が楽しくなりました。ここに来るお客さんと話してたら、就活で荒んでた心がいつの間にか穏やかになってた。働いてるうちに、柳田さんがこの場所を守る理由を知った。この場所を必要としている人たちを知った。そしてあたし自身も、この場所を求めてる事に気付いたんです」
あたしは両手をぎゅっと握った。
「柳田さん言いましたよね? 自分のやりたい事をゆっくり考えろって。だから考えたんです。考えてたら、ようやく辿り着きました。だって、あたしも守りたいと思った。誰かの心の支えになっているこの場所を、みんなが大好きなこの場所を、あたしも守っていきたいと思った。だから……ダメ……でしょうか?」
長い長い沈黙のあと、吐き出されたのは深い深い溜息だった。
「時給最低だぞ」
「はい」
「タダ働き同然だぞ」
「はい」
「掃除ばっかだぞ」
「はい」
「それでもいいなら雇ってやるよ」
あたしはグッと息を呑んだ。
「い、いいんですか!?」
「いいも何も、そう決めたんならやってみれば良いじゃねーか。あ、でもマジで給料は期待すんなよ。今のでギリギリだからな、ギリギリ」
「はい、わかってます!!」
満面の笑みで頷くと、柳田さんはチッと腹立たしげに舌打ちを鳴らした。あたしは慣れ親しんだエプロンに着替え、竹箒を持つ。
「店先の掃除、行ってきますね!」
いつも以上に張り切って六角堂の前に立つと、あたしは勢い良く箒を動かした
ねぇおばあちゃん。私にも、ついにやりたいことが見つかったよ。
了