と鈴村はおもむろに扇子を広げた。赤い金魚が緑の藻の間を泳ぐ涼やかな絵模様が開かれた。風情のない見慣れない絵柄だったので、中国製だと思った。途端にパタパタと音を立てて、ワイシャツの襟をつまみあげて深い二重顎の下を扇ぎだした。
「君に引き受けてもらいたい仕事があるんだけど・・・」
と土岐の顔色をうかがうように話し出した。土岐は思わず身構えた。
「報告書の作成ですか?」
と言いながら、鈴村のベルトの上にめくれ上がったズボンの縁の裏地に目を落とした。その上に、太鼓の側面のような腹がせり出している。ワイシャツのボタンがはちきれそうだった。
「それもあるが、・・・現地に出向いて調査して、その場でとりまとめて、プレゼンテーションをやってもらいたいんだ」
と土岐の心の中の反応をさぐるような話し方だった。
「現地ってどこですか?」
「東南アジアの小国だ」
と言いながら鈴村の視線が定まらない。頭の中で地球儀を回転させて、その国を探し出しているのかもしれない。
「ワーキング・ランゲージは英語ですか?」
「たぶんそうだと思う。・・・いずれにしても日本語ではない」
「まあ、英語なら何とかなると思いますが・・・」
といいながら、一抹の不安がよぎった。報告書の作成は辞書があればなんとかなるし、プレゼンテーションも準備時間があれば何とかなる。問題はヒアリングにある。ヒアリングやディスカッションが必要であれば、断るしかないと思った。
「具体的に、どんな仕事なんですか?」
「君の仕事はプロジェクトの財務分析だ。岩槻ゼミで発展途上国の開発プロジェクトの財務評価をやったことがあると思うけど、・・・まさにそれだ」
と説明しながら、おかしくもないのに笑みを絶やさない。言葉の端々に意味のない笑声が混じる。そのせいか、巨漢でありながら、対面していて威圧感がない。百キロは超えているはずなのに、声だけ聞いていると、とても軽い人間のような印象を受ける。
「ACIの先発隊がすでに現地に出向いて調査をしている。財務分析はプロジェクトのすべての金額データが揃わないとできないから、・・・予定では来週末にでも、出発してもらいたい」
 ACIという名称はどこかで聞いたことがあった。確かめようかとも思ったがやめた。いずれ分かるときが来るだろうと思った。