「経済援助は援助する国の為にやるもの。儲かるのも援助する方だ。援助された国は益々貧しくなるってぇ構図だ。気づいた時はもう遅かった。仕事に追われ、出世に追われ、生活に追われ、女房に追われ、子供に追われ、部下に追われ、住宅ローンに追われ、そして、この体たらく。後は定年を待つだけ。一体、大学で必死こいて学んだ経済発展理論は何だったんだ?学生時代に俺を振りやがった女に『燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや』と傲岸不遜にも虚勢を張ったもんだ。嗚呼その志今いずこ。俺の商社マン人生は一体何だったんだ?遂に尻切れ蜻蛉の貴種流離譚、髀肉の嘆をかこって終わるのか?」
と焦点の定まらない眼で天井を見上げている。
 土岐には理解のできない言葉がいくつもあった。ひと呼吸あって、
「ところで、あんたの大学での専攻は何だったっけ」
と話題を長谷川に振ってきた。長谷川は、
「自分の?」
と言いたげに人差し指の先を自分の鼻先に向けた。
「フランス文学です。卒論はアルベール・カミュでした。テーマは〈アルベール・カミュの挫折と栄光〉」
とあまり触れられたくない話題のようだ。控えめに答えた。
「本社の人事の連中は、一体何考えてんのかねぇ。ここはバリバリガチガチの英語圏じゃないの?そう言やぁ、ここの内定が出る前に、東証一部上場の仏具店に決まってたんだって?」
と川野がからかうように言う。
「ええ、履歴書の学歴欄に、仏文科と記入したら、滑り止めの仏具店の店主の方で勝手に、仏教文学科と間違えてくれたんです」
と長谷川が答える。
 川野は金歯と鼻毛をまる見せにして大笑した。
「商社を志望した理由は、社用で海外生活できることです」
とついでに長谷川は吐露したが、こちらの話題には川野は興味を示さなかった。やがて、三時近くになった。昼食時にホンコンで加藤が言った、
〈アウラット〉
の意味が土岐は気になっていた。長谷川にインターネットで調べてもらった。
@アウラットとは肉体で見せていけない所のこと。男より女が厳しく女の体は手首から先と顔以外は恥部とされているのでチャドルという衣装で隠さなければならない@
とあった。それを読みあげながら、
「モスク近辺は別だけど、チャドルの女性はあんまり見かけないな。この国の人は勧められれば酒も飲むし、環境の厳しい砂漠地帯のイスラムとは大分様子がちがう」
と長谷川が言う。そこで思い出したように、