「日本商工会のゴルフコンペが入ってるけどしゃぁないか。出掛けにざぁっと見ておこう。ゴルフも業務といやぁ業務だが。まあ多少遅れてもどうってぇことねえだろう。現地駐在員事務所にゃ土日はなしか。月月火水木金金だ」
と川野は熊のような両手を頭の後ろで組む。白い鼻毛を剥きだしにして大欠伸をする。下顎の左右の奥歯の金冠が鈍く光って見えた。
「eメールは、ご自宅では見ないんですか?」
と土岐は薄々感づいていたが、わざと不思議そうに訊く。
「自宅で、ここのメールを開けるのは至極面倒なんだよ。御丁寧にも本社の情報システム課のオタクでマニアックな連中が、何重ものセキュリティバリアをガチガチに掛けやがってさ」
と川野はキーボードを両手の人差し指だけで叩いている。タッチタイピングのできない川野がキーボードにむかって左右の人差し指を上海蟹のように構え、自宅のパソコンの前で悪戦格闘しているさまを土岐は想像して哀れに想えた。可笑しくなった。
「ディジタルディバイドがやっと解除されたころ定年とは」
と言いかけて長谷川はやめた。土岐と眼があった。
「おまえが笑っていたのはこのことか」
と長谷川の眼が土岐に言っている。
 土岐はうすら笑いをしている自分に気付いた。
「言っても所詮、詮無いことだ。なにせタッチタイピングを差別語のブラインドタッチと言っていたほどだから」
と長谷川はひとり言のように言う。
「ところでその農業試験場の派遣員てぇのは、いくつぐらいの人?」
と川野がパイプを片手に思いついたように訊いてきた。
「確かではありませんが、三十少し前ぐらいだと思いますが」
と長谷川が答えた。
 川野は何の脈絡もなく、自分の学生時代の話を始めた。
「俺も若ぇ頃は、経済のシュバイツアーになろぅてんで経済発展論をゼミで勉強したもんだ。経済の医者になるってぇのがその頃の儚い夢だった。青雲の志ってぇ奴だ。本当は外務省と国連が第一志望だったが、語学が駄目でよ。英検も二級がやっとで、TOEFLも五百五十を超えるのがやっとで。するってぇと後進国と関われそうな職種は商社だと短絡した。だが大学でやった経済援助と仕事でやった援助はえれぇ違ぇだったな。正に正反対、対蹠的だ」
と天井を見つめて、