「一等書記官を小馬鹿にしたような褒め方だった」
「そう思うのはおまえだけだろう」
「いや、加藤さんは不快な顔をしていた」
「そうか?」
「学生時代もそうだったけど君には人の心を慮るという思考回路が欠落しているんだよ。女の子と話していても、欲望むき出しだった」
「まさか、おまえのいる前で、女の子に、『やらせてくれ』なんて、言ったことないぞ」
「君は、はっきり言わなければ、相手に分らないと思っているのかも知れないが、心の中は、ちょっとした仕草や言葉の抑揚で分るものなんだ。もちろん、個人差はあるが、君はその能力が極端に劣っている。しかも、腹の中は傲慢だから、だれでも、君と話をしていると不愉快になるはずだ」
「おまえも不愉快か?」
と長谷川は不安そうな表情を見せた。
「少なくとも、愉快ではない。僕は、君の友人だからこうしてはっきり言うが、普通の対人関係では誰も言わないだろう。腹の底で思っていることが、表情や言葉尻で相手を不愉快にしたとしても、それは犯罪ではない。ただ、相手は会いたくないと思うだけのことだ。I kill youは氷山の一角かも知れない。そういうメールを送信したいと思っている人間は他にもいるかも知れない」
「おまえも、そう思っているか?」
「僕は君と深く接触していないから、いまのところそうではないが」
と土岐が言うと長谷川は沈黙した。
 昼下がりの猛烈な睡魔から土岐が解放された二時ごろ、加藤から長谷川に補遺の電話があった。派遣員と連絡が取れたようだ。長谷川が耳にあてた受話器から加藤の声が漏れてきた。
「三年位前に納品してもらったサイドクラッチ付きの耕運機の具合が悪いんで、商社の人とその件で是非お会いしたいと農業試験場の場長が、さも脈がありそうな口振りで言ってる。それから、ヒジノローマ関係の諸経費は全額、大使館の予備費から捻出するんで明細がわかるように領収書を添付して来週請求して欲しい」
と思い出したように、
「それから土曜日に行ってその日のうちに派遣員を説得できなければ、ご苦労でも、申し訳ないが日曜日も粘ってきて貰いたい。前にも言ったけど、授賞式はいちおう来週の火曜日の夕方を予定してる」
と加藤は事務的に伝えてきた。
「一応事務処理上、パートタイマーという形式にするので、必ず二日間のトラベルインシュランスを買って欲しい」
とも言っている。