「山海の珍味をたらふく食わせて、高級酒をさんざん飲ませて、帰りにはお車代付きでお土産を持たせたんです。後日こちらで用意した援助要請書類にサインさせた。我が国の接待攻勢はこの国でも有効です。必要書類のすべてはこちらで作成しました。最後に教育相のサインだけ貰って、前任者が大使館経由で本省に送付して一件落着でした。総額は僅かではあるものの定価の九割が口銭となりました。ついでにLLシステム機器も抱き合わせて、金額はこちらのほうが高かったが、利幅は少なかったんです」
と長谷川は思い出すようにうなずきながら、
「一年ぐらいたって、故障が相次いで、廃棄寸前だったカッセトテープデッキは高温多湿に脆弱でした。利用頻度が高かったことと垢と汗だらけのどろどろの手で操作したことも故障の原因だったと思うんです。修理できる人材もなく、部品はすでに生産されていない。故障した機器はLLシステムとともに、そのまま放置されて、その頃、本国から経済協力評価調査団がやって来て、調査員の大使館の扱いの等級は我が国の野党代議士と同じランクだったんです。接待は我が現地事務所の役割で、大使館員もお相伴にあずかって、一緒に接待される側に回ってくれました。調査員はカムフラージュのため一応利害関係のない二流大学の教員だったんですが」
と侮蔑するような目つきで、
「団長は外務省の外郭団体の職員で調査費用はすべて外務省持ちだったようです。LLシステム機器とカセットテープデッキが調査リストに載っていました。国立大学の外国語教育担当の教授と事前に打合せをして、調査団にアテンドしてLL教室にむかうと教室の前に学生の行列ができていました。薄暗い廊下にしゃがみ込んでいる者もいて、教室の中はヘッドフォンをした学生で満員だったんです。一斉に白目を剥きだして口をポカンと開けてこちらを見てました」
と口を開けて見せて、