「それは、分からんでもないが、今回のミッションと関係のあることだけにしぼってくれないか」
 長谷川はすこし頬をふくらませる。
「まあ、そうせかせるな。情報をお前と共有したい。おれは気づいていないがおれのはなしで、お前の気付くことがあるかもしれない」
と長谷川に悪びれる様子がない。
 ふたたび、長谷川の話が続く。
「所長は今年で定年だ。本社社屋を手放し、人減らしのリストラの嵐が吹き荒れている本社に彼が取締役就任の見返りに持参するはずだった凱旋の手土産がない。逆に本社は、定年後も嘱託として現職に留まらないかと彼に打診して来た。給与はいまの半分以下だ。半分以下の給与で、空港近代化プロジェクトの道筋をつけさせれば安いもんだ。定年を境に所長の業務を嘱託にアウトソーシングして、コストを削減しようとする本社の戦略は、営利団体として筋が通ってる。定年退職し、関連子会社の取締役に就任し、家族のために帰国するか、あるいは給与は安いが嘱託として手がけた仕事を完遂させるか」
 土岐は朝食をすでに平らげていた。しかし、長谷川の話は終わらなかった。学生時代もお喋りではあった。商社の営業経験を重ねて饒舌さに磨きがかかった。
「いまのところ、おれが精神的に一番かかわりの深いのは所長だと思う。所長はどう思っているか分からないが、おれの方は、所長との軋轢を一番強く感じてる。所長がどういう人物かは、これから事務所で紹介するんで、おまえの目で見てくれ」
 土岐は長谷川の長広舌にうんざりしていた。不快さが募ってくる。聞いているふりをしてうなずいていた。大半は聞き流していた。
「その所長が、I kill youの送信者と君は言いたいのか?」
「証拠はないが、心証的にそうじゃないかと思ってる」
「心証的と言うのはどういうこと?」
「どうもね、相性が良くないんだよな。所長の目から、おれはとんでもない怠け者に見えるらしい」
とナイフとフォークを置いて両手を広げる。
「所長が若かったころの、高度成長経済と環境が全く違うのを認識してないんだ」
と長谷川のおしゃべりは止みそうにない。
 長谷川にとっておしゃべりは快感だが、聞かされる土岐は不快だ。
 土岐はいら立ちのあまり、急に立ちあがった。
「そろそろ、会社に行かなくていいの?」
 長谷川も腕時計を見ながら立ちあがった。