「売る側の人間として言うのは憚るが援助絡みのどのプロジェクトも金額ほどにはこの国には貢献してない。むしろ我が国の関連業者に対する貢献の方が大きい。この国はなけなしのカネを巨額プロジェクトの返済に充ててる。この国の国民が誇る造船所の威容がみすぼらしく哀れに見えてくる。ドックの底からI kill youと本来の機能を十分果たすことのできない造船所が恨みを込めて語りかけてくるような気がする」
 国道は海岸線なりにゆるやかに右に曲がる。首都中心街の南の縁に入った。路面が突然滑らかになった。
 日よけの幌を支える鋼棒を強く握り締めていた手を少し緩めた。体中の筋肉の緊張が俄かに解けた。思わずため息が出た。
「商売して儲けるなら金持ちを相手にしろと、経営の教授に大学で教わったけどな」
と土岐が大声で言う。
「その通りだ。わが社はこの国の民は相手にしてない。相手にしてるのは国と国営企業だ」
 市街地に入ると交通量と信号機が多くなる。信号機や横断歩道のないところでも、人や荷車や自転車やバイクや家畜や犬猫がアトランダムに往来する。障碍物が次から次へとゾンビのように湧き出てくる。道路全面が常時スクランブル状態だ。
 頻繁に急ブレーキがかかる。接触しそうになると運転手はそのたびに罵声を浴びせる。同じような罵声と刺々しい目線が白濁した唾液とともに跳ね返ってくる。
 長谷川が突然怒鳴るように言う。
「信号は北欧の無償援助だ。導入された信号文化はこの国ではまだ受容されてない。駅前の歩道橋はわが国の無償援助で建造されたが誰も渡らない。以前同様みんな横断歩道のない車道を平然とすり抜ける。交通事故死を減らす目的で建造されたが誰も歩道橋を渡らないんで、むしろ交通事故死は増加してる。外務省の目論見では現地政府がその利便性を認識して歩道橋建設の発注が増えるということだったが、そうならなかった。地元の連中はこの歩道橋をニッポンバシと呼んでいるが、おれにはニッポンバカとしか聞こえてこない」
 ターミナルの駅前の雑踏を通過する。