「・・・ああ。・・・それで?」
「どんな生活してた人か、・・・うかがいたいんですが、・・・」
「・・・そんなこと知らないよ」と老婆はつぶれたような爪先で小窓を閉めたがる。
「誰か知ってる人、・・・いませんか」
「・・・そのへんで、聞いてみたら、・・・」と言うなり、老婆は小窓をぴしゃりと閉めた。
 小窓のある部屋の後ろに赤茶けた鉄製の狭隘な外階段がある。階段の向かい側に一間おきにこげ茶のベニアのドアが三つ並んでいる。一番手前のドアをノックしてみた。間隔をあけて二回ノックしたが、返答がない。真ん中のドアもノックしてみたが、やはり返答がない。一番奥のドアをノックするとスウェットの老人がゴマ塩の無精ひげで出てきた。目ヤニにまみれた眼が、何?と言おうとしている。部屋をのぞくと三畳ひと間のようだった。
「殺された今田さん、・・・ご存知?」
「・・・ああ、『死ニタイ』ね」と言いながら土岐の手元のあたりを見まわしている。
「死に体って、・・・相撲の?」
「・・・いいや、やつの口癖だ。あいさつ代わりに、『死にたい、死にたい』と言うのさ。こっちまで滅入ってくる。このへんの人間に生き生きとしているやつはいないが、心の中でそう思っていても、ばんたび、『死にたい』と口に出して言うやつは、そうそういない」
「どんな生活してたか、・・・おうかがいできます?」
「・・・あん人は、この二階の部屋なんで、二階の連中のほうがよく知ってると思うけど」と言いながらドアノブを握りしめている。ドアを閉める気配がない。その老人の情けないような表情をうかがう。情動がみられない。何を考えているのか土岐にはわからない。
「そうですか。そいじゃ、2階の人に聞いてみます」と言って、いったん通りに出た。自動販売機を探した。二軒先に缶コーヒーの自動販売機があった。千円札のしわを伸ばして缶コーヒーを二本買った。それからホテル小林に戻り、外階段で二階に上がった。鉄の手すりが赤錆にまみれている。手のひらが真っ赤になった。ジグソーパズルのピースのようなひびの入ったコンクリートの狭い廊下の片側に一階と同じようなべニアのドアが三つ並んでいた。亀裂の入った一番手前のドアをノックすると薄汚れたTシャツの中年男が出てきた。
 土岐は買ってきた缶コーヒーを男の目の前に差し出した。
「ちょっと、お尋ねしたいんですが、今田さん・・・ご存知で?」