十分ほどして、女秘書が戻ってきた。息をきらしている。白いブラウスの胸がこれ見よがしに弾んでいる。白いレジ袋に鳥肉弁当とカップスープが入っていた。
 固定電話が鳴った。秘書が用件を聞く。聞き終えて白い受話器を置きながら土岐に言う。
「・・・先生、少し遅れるそうです。よかったら、お弁当を食べてほしいという伝言です」
 土岐は鳥肉弁当を食べることにした。箸を割って食べながら記憶の糸をおもむろにたどる。三か月前、クロスボウによる殺人事件のニュースがあったような気がした。ただ、その後、まったく話題になってない。警察の証拠固めが完璧で、被害者も加害者も、いずれも社会的にまったく影響力のない人間だからかもしれない。事件が広がりを見せていない。殺人事件ではあるが、猟奇性も社会性もないとマスコミが判断した。週刊誌ネタにもなっていない。
 土岐は食べ終えてから携帯電話で東京都交通局に電話した。事件のあった一月十七日の午前九時二一分、上野公園発の亀戸駅前行に乗務していた運転手を聞き出そうとした。事情を話したが、相手は、個人情報なので教えられないという。
「運転手さんにこの携帯電話の番号を伝えて、そちらから電話いただけないですか?」と土岐が言うとしぶしぶ応じてくれた。裁判の関係だと言ったのが効いたのかも知れない。
 昼食が済んでから、応接室のソファで横になってうたた寝をした。軽いいびきを立て始めたころ、帰ってきた宇多が土岐を揺り起した。土岐はゆっくりと目を覚まして伸びをした。
「いずれの主張も、自然で無理はない」と土岐はソファに座りなおして細い目をこする。
「・・・資料にも書いておいたが、検察の証拠の監視カメラの映像を見たネット喫茶のバイトのあんちゃんの証言では、服装と外見から真田に間違いないそうだ」
「顔そのものは映ってなかったのが気になるけど、それじゃ、一件落着じゃないですか」
「・・・おれも、そうしたい。しかし、監視カメラの映像はななめ上方からのショットだ」
「本人確定できない・・・ということですか」