白いペンキの擦り切れた横断歩道を渡り、そのスーパーマーケットで見舞い用の花束と洋菓子を購入した。入り口近くの小さな花屋でプレゼントカードを貰い、〈時山〉と記名して花束の中に差し込んだ。
 ひなびたスーパーマーケットの駐車場の裏手にその老人ホームはあった。駅前駐車場の緑灰色の金網越しに黄土色の地味な建物が見えた。
 三時近かった。
正面玄関のガラス扉をはいると目の前にバーのカウンターのような小さな受付があった。ベルを押した。靴を脱ぎ、下駄箱のスリッパに履き替えた。しばらくして奥から洗濯で
くたびれた白衣の療養士が出てきた。小柄な二十歳そこそこに見える眉毛の豊かな童顔の若い女だ。
「中井愛子さんに面会したいんですが・・・」
と花束と菓子折りを抱えた土岐が言うと、女は下がり気味の目を見開いて、ほほ笑んだ。ほほ笑みの意味が土岐には分からなかった。女は先にスリッパの足で歩きだした。
 土岐は導かれるまま、丈夫な手すりの階段を上って、二階のサンルームに通された。
 南側に嵌め殺しの分厚く大きなガラス窓があり、五、六人の老人が、車いすに座ったまま、晩秋にいざなわれた弱々しい陽光を浴びながら窓の外を茫然と眺めていた。どの老人の目もうつろだ。生気がない。窓外の景色を認識しているようには見えなかった。表情がない。かれらの目の窓から、かれらの心の所在を感知することができなかった。
 先刻の女性療養士がふっくらとした腰をかがめて、中央の老婆の耳元で叫んだ。
 面会室はサンルームの隣にあった。扉も窓もない八畳程の広さの板張りの部屋だった。療養士が車いすを両手で押して、その部屋に中井愛子を連れてきた。土岐はテーブルの上に花束と菓子折を置き、クロスの椅子に腰かけた。
 療養士は去った。おびえたような目つきをした老婆が残された。
 中井愛子はまだ還暦を過ぎていないはずだ。海野の調査によれば五十代そこそこのはずだ。七十歳を超えた老婆のように見えた。目の周りが痩せこけて、深く窪んでいる。目の奥の瞳孔が、落ち着きなく細動している。目線は土岐に向けられているが、焦点は土岐に合っていなかった。何を考えているのか、何も考えていないのか、分からない。