浩司は、土岐にソファーをすすめる。浩司と土岐は四人掛けの応接セットのテーブルをはさんで向かい合った。浩司は両手を膝の前に組んで左右の親指をせわしなく回転させる。それを凝視しながら土岐は金田民子に会ってきたと言った。
 浩司が小馬鹿にしたような笑いを見せた。
「カネの亡者」
と浩司は吐き捨てるように言う。口吻に怒気がこもっている。腹の前で組んだ手が細かく震えている。
 土岐は改めて憤然としている浩司の眼を見た。浩司の茶のジャケットの袖口のほつれを見つめた。身なりと職業だけから判断する限り、決して裕福とは思えない。姉を誹謗する意図は、浩司の金銭的な妬みにあるのかも知れない。
 夜が冷えてきていた。土岐の背筋がぞくぞくしてきた。土岐はいとまごいをしようと立ちかけた。そのとき浩司が話し出した。弁舌は滑らかではなかった。どちらかといえば訥弁ではあったが、息せききったように話し続けた。土岐はいちいち頷いた。
「お母さんのことですが・・・ずいぶん昔に亡くなられたそうで・・・」
 浩司は不意をつかれたような顔をする。土岐を見つめる目に薄らと光るものがにじんでくる。浩司は盛んに目を瞬く。
「わたしが高校生の時でした。三月末か四月初めのある夜、電話が掛ってきて、父への電話みたいでしたが、父は留守で、その電話以降、母の様子がおかしくなったんで、電話の相手は父の浮気相手じゃなかったんでしょうか。その父の浮気が原因のようで不眠症と喘息に悩まされていて、・・・医者の見立てでは睡眠薬と喘息の薬を飲みすぎたのが原因だろうということでした。父は無類の女好きで、あっちこっちに玄人の女がいたようです。・・・その頃は、向島かどこかの芸者かなんかだったと思いますけど・・・相田貞子を除けば、素人には手を出さなかったようですが・・・母は敦賀小町と言われたほどの美人で・・・。」
 そこで土岐が浩司の話の腰を折った。
「弘毅さんと結婚したのはどういう経緯ですか?・・・ご存知ですか?」
「母の実家はお寺なんです。戦後、父は担ぎ屋とか闇屋をやっていて、かなり羽振りが良かったようです。お寺の方は戦後の農地解放で小作地を失って」
「なんというお寺ですか」
 そう土岐が問うと、浩司は白い石膏ボードの天井を見上げた。
「なんて、言いましたっけ・・・浄土宗のお寺で、・・・たしか、法蔵寺とかいうような・・・」