地上に出てから、早稲田通りを中野方向に歩き、コンビニエンス・ストアを右に折れて、曲がりくねった路地の奥へ進んで行くと三階建の白亜の落合斎場が見えてきた。その左手に三階建ての蔦の絡まる瀟洒な建物があった。正面玄関入り口の金属プレートを見ると、〈メゾン落合〉とあった。玄関ホールで三階の郵便受けを探すと、301号室に、〈金田〉という表記があった。
 オートロックのドアの傍らのインターフォンのボタンを押して301号室を呼び出した。気だるい返答があってオートドアが開いた。入るとすぐエレベーターホールがある。三階に向かった。
 301号室は、落合斎場に一番近い位置にあった。外廊下からその建物がよく見えた。斎場だと知らなければ、どうということはないが、斎場だと分かってその建物を眺めると、それだけで気分が滅入るように重くなる。
 〈金田〉という金色のネームプレートの下の黒い呼び出しボタンを押すと、女のしわがれた低い声がした。アルコープで黒い玄関ドアレバーを引くと、玄関の廊下にやせぎすの女が立っていた。背後からリビングの明かりがさしていて、表情がよく見えない。太いアイラインから厚化粧の様子がうかがえた。
 土岐は、名刺を差し出した。女は名刺を手のひらに乗せた。
 女の表情を識別できないのは玄関の照明が暗いせいだと思っていたが、そうではないようだった。民子には顔の表情が全くなかった。玄関の薄暗がりのよどみに慣れてきた土岐の目には能面のように映った。
 廣川弘毅の調査と聞いてタメ口に変わった民子の声が廊下に響く。ダークブラウンのスラックスにパープルのタートルネックをまとったダミーが話しているような錯覚を覚えた。
 民子はいら立っているようだった。土岐の名刺を右手の親指と人差し指の間に挟んで、強くこすり始めた。乾いた音がする。土岐はせまい玄関先に立たされたままだった。