「・・・ええ、そうです。社会に対する露出の多い専門学校だから、御存じでしょうね」
 城田のことが話題になり始めると、長谷川の表情が険しくなったように見えた。
「廣川さんと城田さんの関係はどういう関係なんでしょうか?」
「・・・さきほど、お話ししたように、廣川さんが最高齢で証券アナリストに合格した時に通った専門学校の校長で、その校長に校歌の詞をプレゼントしたという関係です」
「最近、お二人の間で、なにか、ありましたか?」
 土岐は黒田家の嫁が、城田邸から廣川が憤然とした表情で出てきたことを聞こうとしていた。貞子にはその意図が全く伝わっていない。
「・・・わたしと城田さんの間で、ですか?」
 長谷川の表情がにわかにこわばった。土岐はそれを右目の端で捉えた。
「いえ、廣川さんと城田さんです」
「・・・さあ・・・でも、さっき新宿のフレンチ・レストランで会食していたと言いましたけど、お相手は、城田理事長です。調べれば、すぐ分かることなので言っておきます」
 そこで土岐は、その事務所を後にした。
 
 地下鉄から地上に出ると、茅場町の陽はビルの谷間でとっぷりと暮れていた。兜町の秋の夕暮れは土岐にはよそよそしく感じられた。
 有価証券図書館のコインロッカーからテニスラケットとウエアの入ったバッグを取り出したのは五時半過ぎだった。
 ビルの屋上の天空のテニスコートは、有価証券会館から二、三分歩いた首都高速道路の高架脇の証券組合連合会のビルの屋上にあった。日本橋川にかかる橋から見上げると、〈兜テニスクラブ〉という看板が控えめに屋上の金網に張り付いている。看板には照明がない。首都高速道路の照明で、ペンキ塗りの文字がかろうじて見える。
 土岐は屋上の受付でビジターの申し込みをした。入会金とビジターフィーで八千円支払った。土岐の財布に二千円が残った。白紙のネームプレートを受け取り、サインペンで、〈時山〉とぎこちなく書きこんだ。男子のロッカールームでテニスウエアに着替え、コートに出ると二、三人のプレーヤーが屈伸運動をしていた。空を見上げると天の底に薄雲が広がっているようで夜の暗雲が日本橋あたりの地上の照明でうすぼんやりと照らし出されていた。