「わたくし、廣川さんの最後の状況を調べているもので土岐と申しますが・・・」
 見城仁美は何も答えない。いきなり、切れた。
 仕方なく、双葉智子に電話してみた。
「彼女と連絡取れないんで。今日はどこでやっているんでしょうか?」
「日曜の行動は分からないの。彼女とは勤務先の近くのナイターで、平日やっているけど。
証券取引所の橋を渡った近くのビルの屋上に金網で囲った一面だけのコートがあって」
 調査日誌をパソコンに打ち込んで、その日の業務を終えた。

喫茶インサイダー(九月二十七日月曜日)

 月曜日の朝、茅場町へ中目黒経由で日比谷線で行くことにした。十一時近くに茅場町に到着した。東京証券取引所の近くの十番出入口から地上に出て新大橋通りに向かった。
 広い交差点の手前に有価証券会館がある。その三階の有価証券図書館の入り口の一番大きなコインロッカーに百円玉で荷物を入れた。再び、外に出ると、昭和通り方面の路地に入った。
 東京証券取引所の巨大な建物と比べると、周辺の中小証券会社の事務所はどれもみすぼらしく見える。
 開示情報社のビルは、古びたモルタル造りの三階建てだった。〈インサイダー〉という暗い喫茶店と明るいコンビニエンス・ストアに挟まれていた。素人っぽい書体の社名の合成樹脂の看板が申し訳なさそうに、通りに突き出ている。間口の狭い階段の入り口は通りに面していた。ドアのワイヤー入りのガラス扉にも社名がステッカーで貼られていた。傘を閉じて、ドアを開けると、幅一メートルもないような狭くて急な階段が目の前にあった。階段の端には、書類のコピーやらモップや箒などの掃除道具やらの雑多なものが一段おきに雑然と置かれていた。
 二階の入り口付近で、降りようとしている人影が待っていた。足元を見ながら上って行ったせいもあるが、土岐は薄暗さで、階段の途中に来るまで立ち止まっている人間に気づかなかった。二階の踊り場でその人間とすれ違うと、更にもう一階、上って行った。上り切った階段の正面は経年劣化したべニヤの壁になっていた。左右に入り口のドアがあったが、左側のドアの前には古い雑誌が乱雑にうずたかく積まれていて、使用されていない。
 土岐は灰水色のスティールドアをノックした。〈コンコン〉という乾いた音がスティールに響いた。ひと呼吸あって応答があった。若くはないが愛想のよさそうな女の声だった。